第33話 資産武道会 準々決勝2 オルカ vs 年初一括部長
アリーナを染める夕陽は、まるでこの戦いの行く末を見守る神々の眼差しのようだった。
石積みの観客席には、冒険者、商人、投資家、そしてただの市民までが詰めかけ、
ざわめきと熱気が渦を巻いている。
マルサの高らかな声が響き渡る。
「いよいよ準々決勝第2試合!
積立勇者オルカ対 年初一括部長!
両選手、準備はよろしいですか?」
俺はリング中央に立ち、深く息を吸い込む。
左手に握るのは、資金を惜しみなく投じて鍛冶屋で鍛え上げた弓。
この弓こそ、俺の資産形成の象徴。
積立という名の矢を、未来へ向けて放つための相棒だ。
対する部長は、白銀の髪に威厳を纏い、
長年の経験と資金力を象徴する白杖を静かに構える。
杖の先端には、資金力の証が淡く脈動している。
その眼差しには、長きにわたりマーケットを渡り歩いてきた者だけが持つ、
絶対的な自信と威圧感が宿っていた。
「……負けられない。俺は俺のやり方で、未来を切り拓くんだ」
マルサがリング中央でマイクを掲げる。
「それでは――試合開始!」
部長が静かに杖を掲げる。
その動作だけで、空気がピリリと張り詰める。
「年初一括投入――これが我が最初の一撃、マーケットバースト!」
轟音と共に、巨大な魔弾が俺めがけて放たれる。
その一撃は、まるで一年分の資金を一気に相場へぶつけるような、
圧倒的な質量と速度を持っていた。
(来る!)
俺はとっさに《ローリングショット》を引き絞り、
「積立ブレイクアロー!」
小さな矢を魔弾へと放つ。
矢は魔弾に当たり、爆発を散らすが――
中心には届かない。
「矢が散り、魔弾はまだ威圧感を保っています。序盤は年初一括部長が優勢!」
マルサの実況が、観客の緊張をさらに煽る。
部長は微笑みを浮かべたまま、
「積立は小粒だな。相場が右肩上がりなら、一括こそ最強――そうだろう?」
観客席からも「一括!一括!」のコールが湧き上がる。
(だが、俺は負けない。積立には積立の強さがある――)
部長が軽く杖を振ると、
魔弾が激しく変形し、複数の小弾に分裂する。
「マーケットバースト・マルチショット!」
四方八方から襲いかかる魔弾。
俺は《ローリングショット》で連射し、
「積立ブレイクアロー・連撃!」
矢と魔弾が空中で激突し、爆発の花が咲く。
だが、数の暴力は止まらない。
一発一発は小さいが、積み重なれば資産残高(魔力残高)はじわじわ削られていく。
(これが、一括投資の圧力か……!)
さらに、リング中央にデジタル文字が浮かび上がる。
【自動車税領収致しました。――】
「なにぃぃぃぃ……このタイミングで納税!?しまった、今日が振り込み日だったか……」
資産残高が大きく削られ、
俺の動きが鈍る。
「おおっと!ここで自動車税の支払いが発生! これでオルカ、資産が一気に削られました!」
マルサの声が、観客席をどよめかせる。
部長は余裕の笑みを浮かべ、
「これが支出イベントの恐ろしさだ。
積立も一括も、支出の波には抗えない」
俺は動揺しながらも必死に矢を放つ。
だが、魔弾を弾き返すのが精いっぱい。
(くそっ……! このままじゃ押し切られる!)
部長が杖を高く掲げる。
「年初一括・リバランスブレイク!」
魔弾が再び変形し、今度はリング全体を覆うように広がる。
俺は《ローリングショット》を最大まで引き絞り、
「積立ブレイクアロー・バラージュ!」
連射される矢が魔弾の壁を次々と貫くが、
部長の【バーストストーン・リジェネ】が発動し、
魔弾が自動回復する。
(リジェネ……! 配当金再投資効果か……!?)
部長が杖を地面に突き立てる。
「マーケットバースト・配当ボム!」
リングのあちこちで小爆発が起こり、
俺の資産残高がさらに削られる。
「積立勇者、ピンチです!」
マルサの実況が場内を揺らす。
(まだだ、まだ終わらない……!)
俺は全身の力を込めて弓を引く。
「積立ブレイクアロー・フルチャージ!」
矢は光をまとい、魔弾の中心へと突き進む。
部長が杖を振り下ろす。
「年初一括・マーケットバースト極大!」
巨大な魔弾がリングを飲み込む勢いで迫る。
俺の矢が魔弾へと食い込み、一瞬、光が弾ける。
(ここだ――!)
「積立ブレイクアロー・全力!!」
矢が魔弾のコアに到達し、爆発がリング全体を包む。
観客席が静まり返る。
爆煙の中、俺は膝をつきながらも、
必死に立ち上がろうとする。
(もう……資産が尽きる……!)
部長の杖が再び光り、
「最後の一撃だ。マーケットバースト・ファイナルフラッシュ!」
リング全体が白く染まり、
俺は爆風に飲み込まれる。
「オルカ、奇跡の反撃――しかし……!」
矢は魔弾を止めきれず、
俺はついに両膝をついた。
観客席からは大きなどよめきと惜しみない拍手。
涙を浮かべる者もいる。
マルサ「力及ばず……オルカ、敗北です!
勝者、年初一括部長!」
リングを降りた俺は、仲間たちに迎えられる。
ランスが肩を叩く。
「よくやったよ。積立だけじゃなく支出とも戦う必要がある。
お前の戦いはまさに資産形成そのものだった」
ブリジットが優しく抱き寄せる。
「今のあなたの敗北は、未来に向けた学びよ」
ハイレも大きくうなずく。
「オルカ、負けたけど格好良かったぜ!」
マルサがリング中央から宣言する。
「皆さま、拍手! 敗れてこそ見えるものがある――それが投資戦の醍醐味!
積立も一括も、支出も含めた戦略のうち。
次戦もどうぞご期待ください!」
リングに響く拍手と歓声。熱気は冷めない。
【解説:積立 vs 年初一括】
年初一括には一括投資の最大のメリットがある。即座に市場全体に資金をぶつけられるため、相場が右肩上がりなら大きなリターンを得やすい。
しかし、それは同時に「下落に直撃されるリスク」も伴う。暴落が来れば一時的に大きな含み損を抱え、メンタル維持が困難になる可能性も高い。
一方、積立にはドルコスト平均法のメリットがある。下落相場でも平均取得価格が抑えられ、精神的負担も小さい。
少額で始められるので心理的なハードルも低いが、一方的な上昇相場では機会損失が発生しやすいのも事実だ。
「積立は最強ではない——けれど、リスクを抑えて長く続けられる戦法だ」というのが、この戦いから得られる教訓だ。
準々決勝、二試合目まで終了。
俺は力尽きたが、その敗北が新たな戦いの礎となった。
武道会の熱気は増すばかり。
次はいよいよブリジット登場!




