第19話 教育費の魔物 習い事ヘルダンジョン 親バカと契約魔獣を討て!
予兆――静かな朝、運命の一言
時は流れ、俺とブリジットは三十路を迎えていた。
資産形成の旅も、気づけば十数年。
家族の絆はより深まり、子どももすくすくと成長している。
だが、ある朝――
「パパー、ピアノ!」
子どもが無邪気に放ったその一言が、我が家の資産形成の運命を大きく揺るがすことになるとは、誰も想像していなかった。
「ピアノ……?」
寝ぼけ眼で聞き返す俺。
ブリジットは微笑みながら、「いいじゃない、音楽」と言う。
だが、その裏で彼女の眉がほんの少しだけピクリと動いたのを、俺は見逃さなかった。
――これは、ただ事じゃない。
直感が、資産運用勇者の血を騒がせる。
開かれし習い事の門
その日、王都の広場に突如として現れたのは、虹色に輝く異空間の扉。
まるで世界の理をねじ曲げるかのような、禍々しさと誘惑に満ちたゲート。
その名も――
【習い事ヘルダンジョン】
「なんだこれ……!?」
俺は思わず目を細める。
扉の上には煌々と浮かぶ文字。
「夢ある子供に、夢ある支出。さぁ、自己実現の沼へ──」
「うさんくさっ!!」
ブリジットのツッコミが鋭く響く。
だが、子どもはその扉の前で、きらきらと目を輝かせていた。
「パパ、いこうよ!」
こうして、我が家の習い事探索が始まった。
音楽の回廊
異空間の中に広がるのは、巨大な音楽ホール。
ヴァイオリン、ピアノ、リュート、ハープ、果ては打楽器まで、あらゆる楽器が並び、
荘厳な旋律が空間を満たしている。
「ようこそお越しくださいましたァ!」
現れたのは、音楽騎士カンタビレ・センセイ。
その美声は、まるで高級メロディのように耳に心地よい。
だが、俺の警戒心はすでにMAXだった。
「当ホールでは月謝2万ベルで基礎からクラシックの極致まで!さらに発表会には追加で衣装代、舞台費、先生への貢献金……」
「!?こいつ……魔族ね!」
ブリジットが即座に感知スキルを発動。
カンタビレ・センセイの背中から、黒い霧のようなものが滲み出ていた。
「……やはり!貴様、教育費魔属の配下だな!?」
「ふふふ……バレましたか」
センセイが変貌し、音楽型中ボス【音叉の吸金魔リュズ】へと変身!
BATTLE:音楽の罠
「このピアノは月謝だけでなく、コンクール参加費、送迎代、保護者会の飲み代まで発生するのだァァァ!」
「ちょ、ちょっと待って!?それって月何ベルになるの!?」
「全て合わせて月3万ベル!年額36万ベル!中級コースに進めば月5万ベル!!」
「それもう、全世界株インデックス積み立て額じゃないの!!」
俺の魂が叫ぶ。
リュズはにやりと笑い、音叉を振りかざす。
「夢を叶えるためには、惜しみなく投資を!お子様の未来のために、今こそ決断を!」
「ぐっ……!」
ブリジットが突撃!
「スキル:支出見抜きの眼!!」
彼女の瞳が敵の帳簿を暴き出す。
「こ、こ……この貢献金って何よ!?衣装代が毎回上がってるし!発表会のたびに特別指導料!?」
「我らの目的は、我が子に経験を与えること!浪費ではない!」
俺も叫ぶ。
「音楽は素晴らしい!だが、裏に潜む見栄と比較の罠こそが……真の敵!」
二人の連携攻撃が炸裂!
リュズは音叉を落とし、黒い霧となって消えていった。
習い事ガチャの渓谷
次に現れたのは、カード召喚のように次々と現れる「おすすめ習い事」たち。
「スイミング」「英会話」「プログラミング」「剣術道場」「絵画」「空手」「乗馬クラブ(超高額)」
「……これは、全部やらせたら破産するわね……」
ブリジットが苦笑する。
だが、俺の心に親バカという名の魔物が囁く。
「全部やらせてあげたい……でも、できるわけが……」
その時、渓谷の奥から現れたのは、習い事の魔神【比較地獄のパパママ族】。
「○○くんはもうエイ検にチャレンジ」「うちは週5で習い事よぉ」「先行投資ができない親って、どうなのかしら?」
「うるさいうるさーい!!」
俺の魂が叫ぶ。
「誰かと比べて不安になり、不要な出費を重ねる。それが……資産形成の敵なんだよぉぉ!!」
俺は【感情操縦:親バカバスター】を発動。
パパママ族の幻影が、浄化の光に包まれて消えていく。
最終層:魔獣の間【契約マスター・ヘルクラサン】
最後に現れたのは、巨大な金色の契約書を携えた魔獣――
教育費魔獣【ヘルクラサン】。
「さあ……複数の習い事をセットにしたパーフェクトジュニア・コースへご加入を。月額はたったの8万ベル──未来を買うと思えば安いモノでしょう?」
ヘルクラサンが契約書を振りかざし、俺たち家族に襲いかかる。
「お断りだッ!」
俺は叫ぶ。
「我が子に必要なのは、バランスと愛情と“家庭の会話”だ!」
ブリジットも叫ぶ。
「見栄や不安に流されず、本当に必要なものを見極めるのが親の役目!」
二人のスキルが輝く!
•スキル1:【本当に必要な物を見極める力】
•スキル2:【毎月固定費の自動査定】
そして、奥義【月謝の妥協点】を発動!
「親心こそ最強の金ヅルだったのにぃぃぃ!!」
ヘルクラサンは爆散し、契約書は灰となった。
勝利と選択
戦いの後、俺たちは家族会議を開いた。
子どもは最終的に、「週1回の近所のピアノ教室(月謝5,000ベル)」を楽しむことにした。
「楽しそうに通ってるね」
「うん、幸いにも知り合いから中古の電子ピアノを安く譲ってもらえたし、続けてくれたら嬉しいな」
「他のことは、また家族で考えよう!」
月額5,000ベル。だが、それは未来を見据えた尊い支出だった。
スキル獲得!
•オルカ:【習い事選定眼】
•ブリジット:【見栄無効】
俺たちは新たなスキルを手に入れた。
もう、無駄な出費や見栄に惑わされることはない。