第18話 マイカー 残クレループの罠と1000万の壁
積み上げた日々、そして歓喜の瞬間
時が流れ、俺たち夫婦は29歳になっていた。
気づけば、資産運用という冒険を始めてから11年。
子どももすくすく育ち、家庭の空気もどこか落ち着きが増した。
だが、俺の中にだけは、あの頃の冒険者魂が今も燃えている。
ある日の昼下がり。
ふとした思いつきで、俺は久しぶりに《財産管理魔導具》を手に取った。
アプリを立ち上げ、資産管理画面を開くと――
「……おぉっ!? これは……!」
画面が眩い光を放ち、まるで魔導書のように文字が浮かび上がった。
【運用報告書】
全世界株インデックス投資信託
積立額:毎月5万ベル
投資期間:約11年
総元本:660万ベル
収益:375万ベル
合計資産:1035万ベル
実質年利:約8%
「ついに……ついに1000万ベルの大台を突破したァァァ!!」
俺は思わず叫んだ。
その声に、リビングの奥からブリジットが駆け寄ってくる。
「おめでとーう!わたしも1000万到達〜!」
彼女はクラッカー魔法を炸裂させ、室内が一瞬で紙吹雪まみれになった。
子どももキャッキャと笑い、家族の幸せが部屋中に満ちる。
──ちなみにブリジットは、産休中の収入激減という状態でも、貯蓄の一部を切り崩しながら積立呪文を継続していた。
彼女の粘り強い努力なくして、この成果はなかったのだ。
その時、ランスからメッセージが届く。
「ニホン王国の株価は依然として屍のような動きだが、全世界株は勇ましく伸びている……分散投資はやはり最強のパーティ構成だな」
俺は深く頷いた。
だが、その祝福ムードの中に、静かに忍び寄る新たな魔物の気配を、俺はまだ知らなかった。
イベント発生:魔導馬車の誘惑[マイカー・マギア
キャリー]
「そろそろ……我が家にもマイカーが必要なのでは?」
その言葉を口にしたのは、他でもない俺自身だった。
1000万という資産の大台を突破したことで、心のどこかにご褒美の欲望が芽生えていたのだ。
マイカー──それは、魔力結晶を動力にして走る魔導車[マギアキャリー号]。
高速移動と複数人運搬を高レベルで実現させた、現代冒険者の憧れの装備。
「ちょっと見るだけ、記念にね?」
俺はそう言い訳しながら、目を輝かせていた。
だが、ブリジットの目は鋭かった。
「ランス!一緒についていって!オルカを絶対一人にしちゃダメ!」
こうして大人3人と子供1人のパーティで、魔導車ディーラー《オートリア》へ向かうことになった。
魔導ディーラーの刺客、登場!
「いらっしゃいませぇ〜!」
現れたのは、黄金のスーツに身を包み、口八丁手八丁の営業騎士──セールスマン・クレムリュウ!
「奥様!旦那様!こちらのエリートマギアファードEXはファミリー向けの最高級モデル!
お値段600万ベルですが、残価設定ローン──略して《残クレ》なら、月々たったの6.8万ベル!」
「頭金ゼロ!ボーナス払いも可能!そして三年後に返却すれば、残債免除で新車にお乗り換え〜♪」
その口上は、まるで【魅了系魔法】。
俺の理性が、またしてもグラつき始める。
「へぇ……それなら、うちでも……」
俺の瞳から、理性の光が消えかけていた。
ランス、魂の喝ッ!
「忘れたのか! ハイレが昔高額装備を《残クレ》で買って大損したことを!」
ランスが俺の肩をガシッと掴み、鋭く警鐘を鳴らす。
「残クレはな、三年後に返却しなければならない《借り物》だ。しかも傷や過走行があれば追加課金。追い金を支払えなければ高金利再ローン。そして返却した場合はマイカーを失うので、またマイカーを残クレで……そう、これは《永遠に抜け出せぬ残クレ・ループ》ッ!」
「ひ、ひいいっ……!」
俺の額に脂汗が滲む。
だが、営業騎士の魔力は、なおも俺の理性を蝕み続けていた。
正体現すのは[ローン魔王ザンクレー]
「……ククク……知ってしまったか。」
営業騎士・クレムリュウが仮面を外し、禍々しいオーラを纏う。
「我こそは、資産形成を蝕む悪魔── [マギア残価王ザンクレー]!!」
「契約という名の呪縛で、財布を干からびさせ、未来を鎖で縛るものなり!」
黒い魔導契約書が空中に浮かび、俺の目の前に迫る!
BATTLE START――ローン・レクイエム
BGM:ローン・レクイエム〜契約地獄編〜♪
会場に重低音が響き渡る。
「むっ!?BGM付きとは豪華だな……素晴らしいサウンドシステムだ。さては!!お前客から資産をむしり取ってボロ儲けしているな!?」
俺がツッコミを入れると、ザンクレーは高らかに笑う。
「契約魔法・分割地獄ッ!36ヶ月ローンの鎖!!」
ゴオォォォォ!
俺の両腕に光の鎖が巻きつく!
「ぬおっ!? ベルが勝手に吸い取られるぅぅぅ!!」
「さらに追加魔法・ボーナス払いの幻影ィィィ!!」
煌びやかな未来と月々の返済額が見かけ上安く感じる錯覚が、俺の脳を侵食!
「見える……!マギアキャリーで優雅に通勤する俺の姿が……!」
だが、その未来の裏に、見えない鎖がいくつも絡みついていることに、俺は気づけない。
ブリジット覚醒!必殺技炸裂!
「いい加減にしなさーーーーいッ!!!」
ドガァァァァァァァン!!!
「グェッ!?ブリジットの拳ッッ!?」
その拳は怒りと愛の混合エネルギー。
育児により腕力が上がった必殺スキル《家計防衛爆砕拳》が炸裂!
魔導鎖は木っ端微塵に砕け散った。
「アンタ何のために1000万貯めたのよ!?高級マイカーじゃなくて、未来でしょ!!」
「うぉぉ……!そうだった……!」
俺は正気に戻る。
だが、ザンクレーの契約魔法は、なおも俺たちを狙っている。
ランス、奥義発動!
「ザンクレーよ、貴様の正体は既に見切った!」
ランスは剣に魔力を集中させ、
「受けろ!将来総支払額試算ッ!!」
ズバァァァァァァン!!!
ザンクレーの脳裏に「総支払額」がフルカラーで浮かぶ。
それは──想像の数倍、地獄のような数字!
「うわあああああああ!!!こんなに払ってたなんてェェェェ!!!」
ザンクレーはローン地獄の亡者たちに呑み込まれ、闇に還った。
勇者の選択
「……中古でいいや、新品なんて飾りだし」
俺は現金一括で整備済・低燃費・地味な中古のマギアキャリー号を購入。
保険内容は中古だから車両保険は無し。
対人対物人身障害など必要な保証だけにして契約。
余計な飾りはなし。
「見栄より未来。これが真の勇者の選択ね」
ブリジットがにっこり微笑む。
俺は心から頷いた。