第14話 瘴気晴れゆく時、勇気の買い増し、未来への一歩
魔人ブクーケイキの自爆から、しばらく経った。
世界は、まるで灰色の霧に包まれたように沈黙していた。
町の通りは閑散とし、市場の気配は冷え切っている。
各地の報せを伝えるニュースの見出しは、
「史上最悪の下落」
「リセッション、再臨」
「討伐依頼の報酬、激減」──
陰鬱な文字で埋め尽くされていた。
「……やっぱり、来るんだな。こういうのはまた……」
オルカが、静かにため息をつく。
しかし周囲の空気に押しつぶされそうになりながらも、彼は──
売らなかった。
あの日、ハイレのドラゴンファンドが瀕死のダメージを受けても、
[全世界株インデックス]への祈りの儀式(積立)は、止めなかった。
暴落の底では、スマホを開くことさえ恐ろしかった。
彼は奥義──[気絶投資]を発動。
何も見ず、何も動かず、ただ信じて眠り続ける。
そのスキルが、彼を「狼狽売り」の呪いから守ったのだ。
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再び動く──ジミ銀の英断
やがて、静寂を破るように、王国の大魔導機関《ジミ銀》が動き出した。
高位金融魔術師たちによって、「政策金利引き下げ」「量的緩和政策」が告げられる。
「また……緩和か。あのバブルの元凶でもあったはずだが……歴史は繰り返す」
ランスは慎重に言葉を選びながらも、市場の微かな変化に気づいていた。
まるで凍った地に春の兆しが差し込むように、株価の風が、再び動き始める──
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初めての「買い増し」──勇気を試される時
「今が底……かもしれない。でもわからない……」
ブリジットは悩みながらも、静かに積み立てとは別に余剰資金5万ベルを口座に追加入金する。
それは、彼女にとって初めての「下落時の買い増し」だった。
その様子を見て、オルカもまたスマホを取る。
いつもの5万ベル積み立ての他に、+5万ベルの追加の祈りを捧げた。
金額は決して多くない。
だが、その一歩は──
過去にできなかったことだった。
これまでの暴落では、誰も動けなかった。
ただ震え、目を逸らすしかなかった。
しかし今回は──少しだけ違う。
ランスは無言で20万ベルを捧げ、頷く。
「……この暴落を通して、俺たちは『耐える者』から、
ほんの少しだけ──『動ける者』に近づいた」
それは確かなレベルアップだった。
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市場の蘇生──瘴気が晴れていく
それから半年が過ぎた。
世界を包んでいた経済の瘴気が、ゆっくりと晴れていく。
[全世界株インデックスファンド]は、じわじわと回復。
暴落前の水準の、およそ7割まで戻っていた。
かつて瀕死だったハイレの[ドラゴンファンド]も、
ミミズ状態から、ようやく“ムカデ”くらいまでには蘇生した。
「……やっぱり、アクティブはダメだな……」
と呟きつつも、彼はドラゴンファンドを手放さなかった。
だがその表情には、前回のような後悔はなかった。
「今回は……俺も、売らなかったよ。
買い増しは……できなかったけどさ」
そう語るハイレに、ブリジットがそっと微笑む。
「それで十分よ、ハイレ。
何も失わずに済んだ。
自動積み立ても継続しているんだから、今回の戦いには勝ったのよ。」
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レベルアップ──目に見えぬ成長
大きな利益ではない。
爆発的な資産増加でもない。
だが、彼らは確実に“強く”なっていた。
それは──
心の耐久力。
そして、暴落の霧を前にしても、冷静さを失わない判断力。
それこそが、勇者たちの真の成長だった。
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「市場は、また少しずつ息を吹き返しているわね」
ブリジットが空を見上げて言った。
そしてその時──
空から、雷のような閃光が走った。
オルカたちの前方、かつて魔人ブクーケイキが破裂した場所の地面が、パキィン……!と音を立てて砕ける。
「っ……今の、雷か?」
ハイレが身構える。
ランスはすぐに前へ出て、マントを翻すと、足元の光を凝視した。
「……これは……まさか、イナズマのカケラ!?」
地面に埋もれていたそれは、紫電を帯びた不思議な鉱石のようだった。
ほんの指先ほどの欠片なのに、手に取れば鼓動のような力が伝わってくる。
オルカがそっと拾い上げると、その瞬間──
ビリリッ!!
空間が一瞬ゆがみ、視界の端に“幻の板”が現れた。
それはどこか、株価チャートにも似ていた。
「こ、これは……?」
「それ、きっと《イナズマのチャンス》の象徴よ……!」
ブリジットが目を見開く。
ランスが補足する。
「伝説によれば、暴落後の最も暗い時……市場が底を打ち、静かに反転する一瞬。
その一瞬のタイミングを、雷光の如く掴める者には、この《イナズマのカケラ》が授けられるらしい。
けれど、それを無理に狙うと……タイミングを見誤り感電死する者もいるそうだ」
オルカはゆっくりとカケラを懐にしまった。
「狙って手に入れるもんじゃない……でも、今の俺たちには、
偶然のチャンスを活かす資格が、少しはできてきたってことかもしれないな」
彼の言葉に、皆が頷く。
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レベルアップ──目に見えぬ成長
大きな利益ではない。
爆発的な資産増加でもない。
だが、彼らは確実に強くなっていた。
それは──
暴落にも耐え、恐怖の中で一歩進み、偶然の雷光さえ掴むことができた勇者たちの物語。
そのポケットには、ほんの小さな、だが確かな雷光
《イナズマのカケラ》が、脈動を続けていた。
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数日後……「金利が下がってる今、あれを買うべきか……」
オルカは空を見上げたまま、静かに呟く。