第49話:魂の輪郭
人は、過去に縛られる。
誰かを傷つけた手。届かなかった声。見ないふりをしてきた本心。
“選別の迷宮”は、ただの罠や謎ではない。
それは、翔太たち一人ひとりの“魂の輪郭”をあぶり出す、心の試練だった。
ガルドにとっては、生存の代償として積み重ねた罪。
リーシャにとっては、傍観者としてしか在れなかった自分への問い。
彼らは、自分自身の痛みと弱さに向き合い、それでもなお仲間として翔太と共に歩む決意を選び取る。
これは、英雄の物語ではない。
傷ついた者たちが、それでも手を取り合う選択の物語だ。
――白の虚空。
ガルドは、分厚い闇の壁の前に立っていた。
重く、ぬめるような気配。
かつて戦場で感じた“死”の気配が、この空間には満ちていた。
「……またかよ。こいつは、オレが一番嫌いなパターンだ」
何も聞こえないはずの闇の奥から、突然、誰かの声が響く。
「お前は、力しかなかった。だから、奪ってばかりだった」
ガルドは、無意識に右手を握る。
その手にかつて流れた血の記憶が、まだ染みついている気がした。
「……否定はしねぇよ。俺は確かに、奪って、壊して、生き延びてきた。
でもな、それでも手を取ってくれた奴らがいた。翔太も、カイルも、リーシャも」
闇の中に、一筋の青い炎が灯る。
「じゃあ、その命の価値、どう証明する? また“力”でか?」
「違ぇよ。今度は、守る力にする。それが、俺がここにいる理由だ」
そう言ってガルドは、一歩、闇の中へ踏み込んだ。
途端に影がうねり、何かが牙を剥いて飛びかかってくる。
ガルドは、静かに呟く。
「翔太を守る。それだけで、十分すぎる理由だろ」
刹那、全身に力が満ちる。影を貫く閃光が走り、闇が崩れ落ちていく。
彼の中で、かつての“奪う力”が、初めて“守る力”へと変わった瞬間だった。
リーシャは、幻想的な図書館のような空間にいた。
無数の本が空中に浮かび、どれもが彼女の記憶――感情の記録だった。
「あなたは、観測者でしかなかった。誰の本も書き換えられない、ただ読むだけの存在」
淡く発光する女性の幻影が、リーシャに語りかける。
「私は……ただ、誰かの物語に踏み込むことが、怖かった。
でも……それじゃ、何も救えないって、今はわかる」
「ではあなたは、翔太の“物語”に、どんな言葉を加えるつもり?」
リーシャは目を閉じ、ゆっくり答える。
「書き換えはしない。ただ、隣で、彼の物語を読み続ける。
迷ったら声をかけて、立ち止まったらページを一緒にめくってあげる。
それが、今の私にできる“選択”です」
空中の書がすべて、光に包まれ、風に舞って消えていく。
リーシャの頬に一筋、涙が流れた。
「ありがとう……翔太」
それぞれの試練を乗り越えた4人が、再び中心部の扉の前に集う。
そこには、静かに微笑むナナの姿があった。
「全員が“選択”を持ち帰ったのですね。では、いよいよ最終局面へと進みましょう」
翔太は頷き、仲間たちを見渡す。
かつては迷い、すれ違いさえした彼らが、今は同じ方向を見ている。
「この先に、全部の答えがあるはずだ。
――コードの向こう側に、俺たちの未来があるって、信じよう」
そして、彼らは最後の扉を開いた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
この章「魂の輪郭」では、ガルドとリーシャがそれぞれの内面と対峙し、“仲間である意味”を再確認する姿が描かれました。
ガルドは力によって生き延びてきた己の過去を受け入れ、それを“守る力”へと転化しました。
リーシャは、観測者という立場から一歩踏み出し、翔太たちの「物語の一部になる」覚悟を固めました。
誰かのために力を振るうこと、誰かの傍に立つこと。
それは、ただ戦うよりもずっと勇気のいる行為です。
次章では、ついに最終試練の扉が開きます。
翔太たち4人が、すべての“選択”の意味を試される舞台へと歩みを進めるその時、物語は最大の山場を迎えます。
どうか最後まで、彼らの旅路を見届けてください。




