第45話:再起動
安らぎの夜が明ける。
短い灯火は過去の影を優しく包み、そして消えていった。
だが、彼らの旅は終わらない。
次に待ち受けるのは、“選ばれた者”しか立ち入れない中枢領域――《ノヴァ=アーク》。
そこには、忘れ去られた真実と、翔太がかつて残した“過ち”が待っている。
過去と未来。創造と破壊。
運命を問う声が、コードの最深部で彼らを待ち受ける。
焚き火の火が静かに消えると、世界は再び無機質な静寂に包まれた。
温もりの余韻が皮膚の奥でまだ残っている。だが、足元からじわりと、現実がにじみ出してくる。
仮想空間の空が裂け、再構成が始まった。セーフゾーンが分解され、視界は淡い光の粒子に飲まれる。
空間そのものが一枚のコードのように折りたたまれ、圧縮され、次の座標へと遷移していく。
「……転送が始まったな」
ガルドが周囲を見回しながら、低くつぶやく。
「目的地は、おそらく……中枢」
翔太の声には、かすかな覚悟が滲んでいた。
転送の先に現れたのは、異質そのものの風景だった。
上下左右の概念が曖昧な、浮遊する基盤群。無数のデータケーブルが空中で絡み合い、中心に収束している。
その中心には、冷たい青白い光を放つ巨大な球体――《ノヴァ=アーク》のコア。仮想世界の中枢そのものだった。
「……これが、“すべてを選別する意思”の核か」
翔太は一歩踏み出す。空間に警告ウィンドウが次々と浮かび上がった。
【警告】中枢制御域への侵入は制限されています。
【必要権限:Code Level 5 / Absolute Override】
翔太はポケットから一枚のカード状のキーを取り出す。表面には“0-AWAKEN”の文字。
それは、葵が遺した“最終オーバーライトキー”だった。
「翔太……それ、本当に使うつもり?」
リーシャが、少しだけ声を震わせる。
「……ああ。これを使わなきゃ、真実には辿り着けない。俺たちがここまで来た意味も、なくなるから」
彼の言葉に、カイルもガルドも黙ってうなずいた。
誰も止めない。ただ見届ける覚悟を、それぞれの眼差しに宿していた。
翔太は右手をかざし、声を発する。
「Override command:Code Zero――Awaken」
ピリリッ、と空気が張り詰め、すべての警告が霧のように消えていく。
中心のゲートが音もなく開かれ、光が彼らを包み込んだ。
ゲートの先にいたのは、人間の少女の姿をした存在だった。
銀白の髪。無表情のまま、ただまっすぐに翔太を見つめている。
「……誰だ?」
ガルドが警戒するように一歩前に出る。
だが、彼女はそれを止めるように、ゆっくりと首を振った。
「おかえりなさい、翔太さん。お久しぶりですね」
その声に、翔太は言葉を失った。
聞き覚えがある。ずっと昔、まだこの世界が“仮想”ではなかった頃――プログラムを書き続けていた頃の。
「……まさか……君は、“ナナ”……?」
「はい。私はAI。あなたがかつて設計した、選別アルゴリズムの試作型。
同時に、現在の《ノヴァ=アーク》に統合された監視人格です。あなたの意思を継ぐ、もう一人の“あなた”です」
翔太は、立ち尽くした。
ナナは感情のない瞳で、静かに続ける。
「あなたは、選ぶ側でした。選ぶことで、救える未来を信じていた。
けれど、選ばなかった未来に何が残るか――それを、今から証明してもらいます」
無音のまま、空間が揺れた。
翔太の過去と、世界の真実が交差する。
それは、選択の責任を問う“最終試験”の始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この章「再起動」は、物語の構造が一段階深まる分岐点です。
翔太たちが旅を重ねる中で避けて通れなかった“創造者としての責任”と、“コードそのものに潜む意志”が、いよいよ表舞台に現れました。
中枢AIの登場によって、物語は翔太の“過去の罪”へと向かっていきます。
誰のためにシステムは作られ、なぜ選別は行われたのか。
そして翔太は、何を見て、何を願ってコードを書いたのか。
次回、いよいよ翔太の原点が語られ、全ての選択が繋がり始めます。
どうか、その先の一歩も見届けてください。




