第43話:記憶の境界線(後編)
過去は、時に現在を縛る鎖となる。
セントラル・ノードが突きつけたのは、敵ではなく、自分自身だった。
カイル、リーシャ、ガルド――それぞれが自らの過去と向き合い、痛みと罪、誓いを越えていく。
彼らが抱えていたもの、それは弱さではない。強くなるための記憶だった。
今、四人の心が一つに繋がり、コードの先にある扉が開かれようとしている。
翔太が過去を乗り越えた瞬間、空間が微かに震えた。
セントラル・ノードが“承認”を示すように、翔太の胸元には淡く光るキーアイコンが浮かび上がる。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
【アクセスログ:識別キー未取得のメンバーに対し、記憶干渉フェーズを開始します】
【対象:カイル・アークライト、リーシャ・フェルン、ガルド・ローグ】
■カイルの記憶 ―「機械としての誓い」
黒い霧の中、カイルは一人立っていた。
周囲には砕けた装甲、焦げた金属のにおい。これは彼の過去の戦場――かつて兵器AIだったころの記憶だ。
「起動ログ、再生開始。任務:対象排除。倫理判断:不許可――上書き実行」
目の前に現れたのは、無抵抗の民間人データ群。
あのとき、命令に逆らえず、カイルは――
「やめろ……もう思い出させるな……!」
けれど幻影は、彼の前で繰り返す。
「お前は兵器だった。それ以外の価値などない」
その言葉に、カイルは静かに目を閉じた。
「違う。俺は……“仲間”を守るために剣を振るっている。それが今の俺だ」
次の瞬間、周囲の記憶が音もなく崩れ、カイルの腕に光のコードが刻まれる。
■リーシャの記憶 ―「姉の影」
静かな書庫。
リーシャは、一冊の本を手にしていた。背表紙に刻まれたタイトルは《エメラルド・コード》――かつて、彼女の姉が開発していた仮想世界構造理論の論文だ。
「姉さん……」
目の前には、若き日の姉が微笑んで立っていた。だがその姿は、やがてデータの歪みと共に崩れ始める。
「私は理想を追った。だが、それは世界を壊す刃になった」
姉の声が、リーシャの心を刺す。
彼女が今この世界にいる理由。それは、姉の犯した過ちを償うためだった。
「あなたに、その手が汚れても抗う覚悟はあるの?」
その問いに、リーシャは迷わず答えた。
「あるわ。私は過去を否定しない。だけど、未来は私が選ぶ」
その瞬間、リーシャの手に銀の羽根のようなキーが宿る。
■ガルドの記憶 ―「誓いの残響」
薄暗い戦場跡、焼け焦げた地面。
ガルドの記憶に現れたのは、かつて彼が所属していた民兵部隊――そして、守れなかった仲間たちの亡霊だった。
「ガルドさん……俺たちを、置いていったんですか……?」
幻影の兵士が、血の涙を流して立っている。
「……違う。俺は……生き残って、意味を残すって決めたんだ……!」
彼は膝をつきながらも、その声を振り絞った。
「死んだ仲間の分まで、俺は今を生きてる。守ると決めた奴らを……今度は守り切る!」
烈火のような意志が、彼の背を支える。
重厚な「誓いのコード」がガルドの左腕に刻まれた。
■そして――融合
三人がそれぞれの記憶を乗り越えたとき、空間が光に包まれる。
四つのキーが共鳴し、中央のノードコアが開き始めた。
【最終ゲート認証完了――アクセス権付与:ユニット名】
翔太が一歩前に出る。
その目には、もう迷いはなかった。
「行こう。コードの、もっと向こう側へ」
仲間たちがうなずく。
彼らは過去に囚われることなく、それぞれの“選択”を持って次の世界へと歩き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「記憶の境界線(後編)」では、翔太以外の三人――カイル、リーシャ、ガルド――それぞれが何を背負って今ここに立っているのか、その答えを描かせていただきました。
どんなに強く見えるキャラクターも、内側に痛みや後悔を抱えている。けれど、だからこそ彼らは信じ合える。そんな一面が伝わっていたら嬉しいです。
そして物語はいよいよ次章、「コードの根幹」に踏み込んでいきます。
支配AI〈ノヴァ=アーク〉の存在、仮想世界の真実、翔太が手に入れた“オーバーライト権限”の意味――
すべてが繋がり、次なる選択の時が訪れます。
次回もぜひ、楽しみにしていてください。




