第42話:記憶の境界線(前編)
コードの奥底に眠っていたのは、消されたはずの記憶。
セントラル・ノード――そこはただのデータ空間ではなかった。人の心、その選択、その傷までも読み取り、試練として提示する場所だった。
翔太の前に再現されたのは、忘れたはずのあの教室、そして……消えた彼女の面影。
過去をただ追憶するのではない。向き合い、越えるために――翔太の心の深淵が、今、静かに開かれる。
白い光に包まれて、翔太の視界がぼやける。
音が遠のき、感覚が沈んでいく。気づけば、足元にはアスファルト、手には…鞄。見慣れた制服。
「……ここは……?」
目の前に広がっていたのは、専門学校の校門だった。
数年ぶりに見る風景。けれど、それは現実ではない。セントラル・ノードが再構築した、翔太の記憶だった。
「試練とは、自己を超えること」
耳元で、オルタ・シグマの声が響く。「君が抱える未解決の過去。それを乗り越えなければ、先には進めない」
教室の扉を開けると、中では授業が進行していた。講師の声、タイピング音、ふと振り返る生徒たちの顔。その中に、一人の姿があった。
「……伊藤……葵……?」
彼女の名前を口にした瞬間、胸が締めつけられた。
数年前 ― 専門学校時代
翔太にとって、伊藤葵はただのクラスメイトではなかった。
明るくて、コードも強くて、でもどこか儚さを纏った、そんな彼女。
「ねぇ翔太。あたし、いつかこの世界の“壁”を越えてみたいな」
放課後、屋上でそう笑った彼女の横顔を、翔太は忘れたことがなかった。
しかし――ある日を境に、彼女は突然姿を消した。
「行方不明……?」
誰に聞いても、警察に聞いても、彼女は存在すら“なかったこと”になっていた。まるで最初から、存在していなかったかのように。
翔太は、そのとき誓った。
「この“世界のバグ”を、必ず突き止めてみせる」
再現された記憶のなかで
現在の翔太は、再現された葵と再会する。
だが彼女は言う。
「……わたしはもう、翔太の知る葵じゃない。ここにいるのは、あなたの記憶が作り出した“影”」
それでも翔太は問いかける。
「なぜ、あの時消えたんだ? なぜ、何も残さずいなくなったんだよ!」
すると、教室がざわめき始め、風景が崩れ始める。セントラル・ノードが、翔太の“迷い”を危険因子と判断したのだ。
だが、葵の幻影は微笑む。
「――翔太。あの日、わたしが残したコード。ちゃんと、見つけた?」
その言葉と同時に、翔太のポケットにひとつの“暗号化フラグメント”が現れる。
解析結果:オーバーライト権限キー《A.O.I》
「お前の記憶が、鍵になったんだな……」
翔太は拳を握りしめる。
記憶とは傷ではない。選択の痕跡だ。だからこそ、彼は歩き続ける。
「ありがとう、葵。俺は……越えてみせる。このコードの向こう側を」
ご覧いただき、ありがとうございました。
今回の「記憶の境界線(前編)」では、翔太の原点となる出来事、そして「なぜ彼がこの仮想世界にこだわるのか」の一端を描きました。
伊藤葵というキャラクターは、翔太の中でずっと答えの出せなかった問いの象徴でもあります。
それが今回、「コードの中に鍵があった」と気づいた瞬間、翔太は一段、確かに成長しました。
次回は、仲間たち――カイル、リーシャ、ガルド――それぞれが自分の「記憶」と向き合う場面が中心になります。
それぞれが背負ってきたものと向き合う中で、パーティーとしての絆もさらに深まっていきます。
次章も、ぜひお付き合いください。




