ゆりかご
「...おっかしいな..。」
もう一度インターホンを押すが、やはり応答は無い。この時間なら起きてるって聞いたんだけどな...。まあアカリちゃんの兄とはいえ同級生がやばそうな目にあってんのはなんか普通に心配だし、俺にも変な電話は増える一方だしさ。
でもぶっちゃけ一番気になるのは例の謎の少年らしき声だ。オカルトマニア佐伯として足を突っ込まない訳には行かない。しかし、本当に出ねーな、あいつ...。もう次出なかったら本当に荷物置いて帰るからな!クーラーボックスごとだからな!
「よし...」
くだんない事を決めて、もう一度インターホンを押す。...やはり出ないか、と思った時だった。
「置いてていいよ、きみは優しいね。」
ゾッとするような声が、インターホンから帰ってきた。何度か聞いた、あの少年の声だ。
「...わかりました。」
声に従い、クーラーボックスをおろす。俺は深くは聞けなかった。それに、あの言い方ならあいつは無事だろうと思ったから。
覚えのないインターホンが響く。
「勘弁してくれ...わたしのインターホン運は今最悪なんだ...。」
インターホンのモニターには、何も映っていなかった。風呂上がりのわたしがせっかく爆速で着替えたのにだ。しかし、玄関には見覚えの無いクーラーボックスが陣取っている。完全に不審物だ。しかし中身は不審物では無いようだった。
アイスクリームである。しかも、ファミリーサイズの箱に入っているようなアレである。あとは、ナイロンに入った半分に割って食べるフルーツ風味のアレが何袋か入っていた。
妹だ。わたしが極度のアイス狂であることは妹しか知らないはずだ。それに加え、あの妹がこの夏場に人のために外へ出るなどありえない。恐らくは佐伯がここへ届けたのだろう。
まあ、そんなことは今本当にどうでも良いのだ。何故ならわたしは今、確実に現実では無いどこかへ存在しているからだ。風呂場で目覚め、時刻が2時を指していたが、家のどの時計もずっと2時を指したままなのである。もっと正確に言えば、2時59分が終わる瞬間に2時丁度へと時計が巻き戻るのである。窓の外はいつもと同じだが、恐らくこの2時から2時59分までを繰り返している景色だと思われる。ちなみに窓とドアはビクともしなかった。
普通の人間ならば、この状況に恐怖するだろう。しかしはっきり断言しよう。わたしは現実世界を毛嫌いし、夢を盲信する変人だ。現実から明らかに隔離されているこの世界は、私にとって最高の状況と言えるだろう。それに、原理は知らんがアイスも届いた。飽きるまではこの世界でのんびりとさせて貰おう。