来訪
意識が朦朧とする。ぐらりぐらりとわたしを嘲笑うように湾曲する廊下、思うように動かない足。そして私の体はふわりと宙に浮いた。下には長く続く階段が見える。
ぶつかる、そう思った瞬間私の体はすり抜けて真っ暗な空間へ落ちた。落ち続けているのかも、静止しているのかも分からない。わたしはずっとこのままなのだろうか。
「きみはどうしたい?」
どこからか、少年のような声が響く。
「これは...夢なのか?」
少年は、にやりと笑った。
わたしは、目を覚ました。アナログ時計の秒針の音だけが、呆然としているわたしの頭へ届く。あの少年は一体誰なのだろうか。夢とは、自分の体験や記憶、感情や願望などが反映されることが多いとされる。まあ、だからといってわたしがあの少年が何者かなどわかりはしなかったのだが。
そんなことを考えていると、嫌なタイミングでインターホンがなった。モニターに写っているのは例の知人だった。
「なんだ貴様か、なんで貴様が!?」
「うっせーな!大声だすなよ心配して来てやってんだぞこっちは!」
「貴様が何を心配すると言うんだ...まあ入れ。」
モニターから離れ、玄関の鍵を開ける。めんどくさいので紹介していなかったが、わたしの知人とは、わたしの同級生でありわたしの妹の恋人である。佐伯トキヤ。わたしはこいつを見る度になんでこいつは髪の毛をパンの耳と同じ色に染めているのかと疑問に思う。
「お前が電話を切ったあと、お前から奇妙な電話が来たんだよ...。」
「わたしでは無いな。」
「あぁ、お前じゃねえ。少年みてえな声だった。」
「そいつは...、」
少しゾッとしたが、まさか。あの少年は夢の中の存在のはずだ。ありえない。
「そいつは、なんと言っていた?」
「きみはどう思う?って聞いてきた。それだけだ。でもお前の番号からだった。」
「そうか、だが現にわたしには何も無い。無駄な心配は疲れるだけだぞ。」
「お前なぁ...そんなんだから友達いないんだぞ。」
「やかましい。だが、その少年とやら、わたしは夢の中で出会ったような気がするのだ。」
「じゃあ俺の心配はビンゴじゃねーか!」
「...佐伯、わたしは夢と現実を混同するやつは嫌いだ。」
「お前そうゆうとこ宗教にハマった頭良い奴みたいだよな...。まあいいや、とりあえず一応気をつけろよ、アカリも心配してたぜ。」
「わたしの妹だぞ?心配する訳ないだろう。」
「ウッソだろお前の家族への認識どうなってんの??」
無駄な時間を佐伯に使ってしまったことに後悔しつつ、奴を見送った。念のため、家電の履歴を確認したが、佐伯の言っていたようなものは確認できなかった。わたしは佐伯のことが嫌いだが、奴は嘘を言うような輩ではないし、奴はわたしの知っている人間にしては優しい方だ。普通の人間なら、急に電話を掛けてきては切るような人間など恋人の兄でも心配しないだろう。
不意に、足が絡まって床へ転げた。何故か、ビシャリと音がする。着ていたシャツは濡れているし、周囲を見れば雨が降っている。何故か、足の感覚がない。
「ねえ。」
聞き覚えのある少年の声が語りかける。
「雨の日は好き?」
傘をさし、レインコートを来た少年がわたしを見る。雨の日に好きも嫌いもない。うつ伏せのまま、わたしは答える。
「うるさくてめんどくさい。」
ビチャリ。そう音を立ててわたしの体は水となって崩れた。雨水と共に、雨水溝へ流れて行った。