襲撃
今日は実にいい日だった。領の収穫量も税の徴収も何もかもが上手く回っていた。外交問題も一つ解決し、狩りの成果も上々。今日は本当にいい日だ。ここ最近で今日ほどいい日はない。笑いが込み上げてくるようだ。
「ふっふはははは」
男は声に出して笑っていた。無意識のうちに。それほどに男にとって今日という日は愉快な日なのだ。
この男の名はフニカスという。フニカスはガルバニア王国という人間の国の貴族である。仕事場の机で今日一日の仕事を終えたところであった。
「えらく上機嫌ですな。フニカス様」
「あぁ。今日は本当にいい一日だよ。ハイド」
ハイドと呼ばれた全身を鎧に包んだ大柄の男は部屋に入ってくるやいなやソファーにその体を預ける。
「今日の仕事はなかなかに骨が折れましたぜ。本来なら5人だったはずなのに気がつけば10人ほどにまで数が増えてましてな。対処に手間取りました。正直焦りましたわ」
「まぁ。そういうな。今回の報酬は弾んでやるさ。それにそのおかげでより質の良いものが手に入ったのだから。思わぬ副産物だったよ。」
フニカスはグラスに入ったワインを口に含む。口の中でワインを楽しみながら流し込む。
「まぁ。たしかに今回のはかなりの上玉でしたな。エルフが10人も捕まえらるなんてそうあることじゃないですぜ。1人だけそこそこ戦えるやつがいましたが、まぁ。俺の敵じゃなかったですぜ」
「さすがはAランクの冒険者だ。これからも頼りにしているよ。他の仲間はどうした?」
冒険者にはランクがあり、SABCDの5つのランクが存在しており、Aは上から2番目のランクである。ハイドは冒険者としてそれなりに名の通った男である。
「あいつらなら今日捕まえた奴隷たちを地下に連れて行ったよ。まぁ。なんかあったら報告にくるだろ」
「ふむ。それもそうか。では今日の報酬だ。受け取れ」
フニカスはジャラジャラとなる袋をドサリと机の上に置く。
「かなりあるな。さすがはフニカス様だ。ありがてぇ」
「なぁに。これでも私には釣りが来るくらいだ。受け取れ」
「んじゃ。遠慮なく」
ハイドは袋を手に取り、懐にしまう。
「でもまぁ。あんたが奴隷商をやってるって知った時は驚いた。清廉潔白な貴族ってイメージが強かったからな。ギルドでもそう言われてた。だが蓋を開けてみりゃ奴隷商なんてな。実物を見るまで俺も信じてなかった」
「カモフラージュは完璧さ。私はここで指示を出すだけだからな。仕事は全て部下にやらせている。店とこの屋敷の地下は転移の魔法陣で繋がっているからな。移動も簡単さ。足がつくようなヘマはしていない。」
フニカスはニヤリと笑う。バレるはずがない。そして奴隷どもは高額で売れるものもいる。全てではないが。それなりのリスクはあるがそれよりメリットがデカい。護衛としてハイドというAランク冒険者もいる。ハイドが裏切らないために報酬も弾んでいる。くだらないことで裏切られてはたまらん。もしバレたとしても王国の内部にコネもある。今まで慎重にこなしてきた。善良な貴族として。そしてこれからもだ。
コンコンと誰かがドアを叩く。ドアを開け、入ってきたのはハイドの冒険者仲間の女である。
「失礼します。」
「どうした、何かあったか?」
「エルフたちがすこし抵抗しておりまして。手伝ってくれないか?」
「あぁ。わかった。では。失礼します。フニカス様」
「任せたぞ」
ハイドは立ち上がり、呼びに来た女と共に部屋を出ていく。
「あいつなら問題ないだろう。さて、今日はもう休むとしよう」
フニカスは立ち上がり、部屋を出ようとドアを開けようとした瞬間。
「どこへ行くのですか?少しお話ししましょう。」
先ほどまで座っていた自分の椅子に何者かが座っていた。
「なんだ!貴様は!誰かいないのか!侵入者だ!」
「無駄ですよ。ここの声は外には聞こえません。それにこの部屋から出ることも出来ない。」
「なに!」
フニカスはドアノブをひねり開けようとするがびくともしない。自分の置かれている状況がわからない。
(くそ!なんだこれは。それにあいつはなんだ白い仮面をつけた男か?私を誰だと思っている!)
フニカスは苛立ちを隠しもせずに男と向き合う。
「貴様は何者だ!私を誰かわかってやっているのか!」
「えぇ。もちろん。フニカス殿。あなたのようなクズな貴族はそういません。違法奴隷に狩りと称した他種族への襲撃と同時に奴隷として捕縛しているのでしょう。とんだ罪深い人だ」
「罪だと?所詮人間以下の他種族などどうでもいいのだ。ただの玩具でしかない!それ以上の価値などないのだよ!」
「…そうですか。今ので奴隷の捕獲行為を認めるということになりますね。」
フニカスは冷や汗をかいた。しまった。なぜだ。こいつどこまで知っているんだ!
フニカスは焦っていた。それが顔にも出ていたのだろう。
こいつは危険だ。私がいままで着実に積み上げてきた地位がこんなところで終わるわけにはいかない。フニカスは魔力を込める
「それなりに魔法は使えるのですね。罪を認め、改心する気があるのなら見逃そうとも思っていましたが、残念ですね」
「うるさい!その仮面ごと燃やしてやろう!ふんっ!」
フニカスは右手に込めた魔力で炎の球を打ち出す。それほどのスピードはないが人1人殺すには充分な威力がある。まっすぐに仮面の男めがけて飛んでいくが、相手が悪かった。
「魔法使いとしてはCランクほどが妥当だな。魔力を練るスピードも威力も普通だ。事前情報通りか。」
仮面の男に向かった炎の球は男の前で何かに弾かれた。
「なにっ!障壁か!」
「その通り。あなたが反撃するのなんて想定通りでしたからね。対策はさせてもらいましたよ。」
「くそ!だが、つぎこそは!」
フニカスは今度は先ほどより強く魔力を込める。
「残念ながら、次はありませんよ。」
「なんだ!体が勝手に!くそっ動けん!貴様の仕業か!」
フニカスは自らの手で首を締め始める。
「ぐがっ!ぐっ、息っがぁ!」
「自殺ということにしておきましょうかね。あまり騒がしくされるのも面倒ですし。」
「ぎさまぁー!ハイドォー!」
フニカスは締まる首で懸命に叫ぶ。
「あなたの護衛なら来ませんよ。私の仲間が今頃相手をしているはずです。」
「ごんな。はずで…はぁ…」
フニカスは白目を剥き、その場で立ち尽くす。自らの首を絞めたまま。
「うん。もういいか。はぁ。殺したくはなかったんだが。」
仮面の男がそういうと、フニカスの体は糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
「仕方ないか。これが俺が決めた道だ。こっちは終わった。あとはレイナとマキナたちの報告を待つだけか。奴隷の解放のほうが時間がかかるはずだ。マキナたちの方へ行くか。レイナは大丈夫だろう。」
そういうと仮面の男レイジは椅子から立ち上がり、倒れているフニカスの死体をそのままにドアを開け、部屋をあとする。
残された部屋には飲み干されたワイングラスと首に手の痕がくっきり残った白目を剥いたフニカスが倒れているだけだ。