歴代勇者④
そして、セシリアは声を響かせる。
視線を上に向け、まるでここに居ない誰かに語りかけるかのようにぽつりぽつりと。
「ねぇ、みんな。見たよね、聞いたよね?」
「アレンくんの姿。そして、言葉」
「うん、うん。はやくこっちに来て。ごめんね。外で待機させちゃって」
微かに揺らぐ、赤のオーラ。
それは衰えたとはいえ、かつての勇者の加護の力。
共有の加護。己が見、そして聞いた情報を他者と共有する加護のひとつ。
アレンの操る、共有の加護。
それに比べれば数段その範囲も力も衰える。
しかし自分の三人の仲間程度に及ぶ加護なら、今のセシリアでも充分に扱うことができるのだ。
「さて、と。みんなが来るまで、お姉さんがアレンくんをよしよししてあげよっかな?」
自らの涙。
それを指で拭い、いつもの調子に戻ったセシリア。
「何年。いや、何十年ぶりかな? お姉さんがアレンくんをよしよししてあげるのは」
努めて明るく言葉を紡ぎ、セシリアは鼻唄まじりにアレンへと歩み寄っていく。
そのセシリアの姿。
それに、マーリンはしかし怯え続ける。
アレン程ではないしろ、今の自分では歯が立たないのは目に見えている。
「も、元勇者。か、かつて世界を救った存在。せせせ。先代の闇。そ、それを死闘の末に葬った存在」
「お、おい」
「な、なに?」
「あ、あんたもセシリアのことが怖いのか?」
「怖いに決まってる。強者は更なる強者を知り、怯えるのと一緒」
「魔物たちは本能的に奴が怖い。な、なんて言っても元勇者だからな」
マーリンの周囲。
そこに固まり、セシリアに対する恐怖を共有するフェアリーと魔物たち。
だが、クリスだけはセシリアを見つめ、ちいさく頷く。
「こちら側に敵意はない」
そんな面持ちで。
「さて、と。アレンくんと魔王さん」
アレンの眼前。
そこで足を止め、アレンとガレアを見据えるセシリア。
そして、声を発した。
「わたしはアレンくんの味方。だから、そのアレンくんが信じてる魔王さんもわたしは敵視しない。でも、貴女はわたしのことを良くは思っていない。そうでしょ?」
口調は柔らかい。
しかしセシリアの表情は明らかに、魔王を意識したもの。
先代の闇。ガレアの父。それを討ったセシリア。
その元勇者に対し、ガレアがなにも思わないわけがない。
セシリアとガレア。
その二人の間に流れる、歪な空気。
互いに視線を交え、一方は微笑み一方は弱気な表情をその顔に浮かべながら。
アレンはしかし、ガレアの肩をぎゅっと握りセシリアに応えようとした。
「セシリアさん」
「ん? なになに、アレンくん」
アレンの声。
それに花のように笑う、セシリア。
目を細め、アレンの頭を優しく撫でーー
「それにしても立派になったね。どう? わたしの村に来ない? わたしの加護に満ちたあの村。あそこを拠点にすればいつもわたしと一緒に居られるよ? 辛いこと。悲しいこと。それをわたしが一緒に引き受けて……アレンくんの心労。それを羽のように軽くしてあげられるよ」
アレンの意。
それに反し、セシリアは矢継ぎ早に言葉を並び立てていく。
「それに、うん。わたしと一緒にきてくれたらアレンくんがまだ持っていない加護も」
授けちゃう。
だが、それを遮るはセシリアの仲間たちの声。
「セシリアさん。少し、落ち着いてください」
「ふむ、貴女の悪い癖ですな。一度自分の考えを話し始めたら止まらなくなる」
「おっす、アレン。元気出せよ。相談には乗る」
スズメ。ブライ。そして、ゼウス。
その三人が、セシリアをたしなめ或いはアレンを励ましその場に現れる。
ブライの転移魔法。
それを利用して。
その三人を仰ぎ見、我に返るセシリア。
「あっ、ごめんごめん。つい、いつもの癖で。で、アレンくん。どうかな? わたしと一緒に」
「俺はこの城で。みんなと一緒に世界を治めます」
はっきりと言い切る、アレン。
「えーっ」
「えーっではありません。セシリアさん。アレンさんがそう決めたのですから」
「うぅ。お姉さん、悲しいぞ」
「悲しいのはこっちでございます。アレン殿を困らせること。それが貴女様の目的なのですか?」
「うぅ。アレンくんならきっと、お姉さんを選んでくれると思ったのにな」
「見苦しいぞ、セシリア。元勇者が聞いて呆れる」
「スズメに、ブライ。それにゼウス。あなたたちは誰の味方なの?」
三人の元。
そこに駆け寄り、膨れっ面を晒すセシリア。
「それは勿論」
「うむ」
「正しいほうの味方だ」
「ぐぬぬぬ。正論」
その光景。
それに、場の空気とアレンの心も少し弛緩する。
そして、それはーー
"「ふぅ。これで少しはマシな空気になったかな?」"
"「緊張と弛緩のバランス」"
"「それが一番重要なのじゃ」"
"「くだらねぇ。だが、これで多少は」"
セシリアが涙を流したこと。
それを除き、仲間たちと企てた、アレンの心を少しでも楽にする一芝居だったのであった。




