歴代勇者②
「君、勇者になれる素質があるよ」
朧げな記憶。
温かな笑顔をたたえ、その女性は自分の頭を優しく撫でてくれた。
髪は赤色で、自信たっぷりな表情。
そしてその女性の側には、三人の人物も立っていた。
皆、その顔にはおそらく女性に対するものだろう。困ったようなはたまた嬉しそうな表情をたたえ、そこに佇んでいた。
「わたしの名前はーー。君の名前は?」
「ぼくの名前は、あれん」
「ふーん、いい名前だね。そっちの君は?」
「わ、わたしの名前はそふぃ」
「ソフィ。うん、こっちもいい名前だ」
幼い自分とソフィ。
その名を褒め、撫でてくれた女性。
名前。名前は。
赤髪の女性。その霞んだ顔に、アレンは答えを出そうとした。
去り際、「じゃあ、またね。君たちの未来に幸多きことを」そう声を響かせ、後ろ手を振ったあの女性の名はーー
〜〜〜
「アレン」
「……」
「アレン」
響く声。
それに、アレンは目を開ける。
そしてそのアレンの顔を覗き込むは、ガレアの心配そうな顔だった。
「なにか悪い夢で見ておったのか? 随分と小難しい顔をしておったぞ」
魔王城。
その一室にある、ベッド。
そこでアレンは身を横たえ、浅い眠りに落ちていた。
身をもたげ、アレンはガレアに問いかける。
「魔王様。少しは眠れましたか?」
「うむ。お主の加護のおかげでな」
「それはよかったです」
ガレアの微笑み。
それに、アレンもまた柔らかく応え笑う。
しかしその表情は明らかに、疲れきっていた。
そんなアレンの隣に、ガレアは腰を下ろす。
そして、アレンの横顔を見つめながら言葉を続けようとした。
「睡眠の加護。よもや、そのような加護もーー」
あるとはな。
しかし、それを遮る慌ただしいフェアリーの声。
「アレン様にッ、ガレア様!!」
その声。
それに、二人は弛緩した空気を一変させる。
数秒後。
間髪入れず、部屋へと現れたフェアリー。
羽は既に、アレンの加護により治っていた。
そして、開口一番。
「セシリアと名乗る者ッ、その者が勇者と話がしたいと現れました!!」
セシリア。
響く、その名前。
それを聞いた瞬間、アレンの頭に微かな痛みが走った。
額を抑え、しかしゆっくりと立ち上がるアレン。
そんなアレンに倣い、ガレアもまたアレンを支えるように立ち上がった。
身体だけはなく、その心に寄り添うように。
その二人に、フェアリーは更に言葉を響かせる。
「魔物の皆ッ、それはセシリアの姿に怯えその場にへたり込む始末!! かくいうわたしもッ、わ、わたしも」
震え、涙目になるフェアリー。
"「久しぶりだな。ココを訪れるのも」"
瞳を輝かせ、城内を見渡すセシリアの姿。
それに本能的な恐怖を覚え、フェアリーを含む魔物たちは声さえも発せず震えることしかできなかった。
微かに揺れる赤髪。
その身から漏れる、隠し切れぬ力のオーラ。
「あ、あの者は。あの者は。わ、我らにとって天敵」
「……」
怯え切ったフェアリー。
その側を、アレンは表情を変えず通り過ぎていく。
一度だけ、フェアリーの小さな頭を指で撫でて。
そしてそのアレンと共に、ガレアもまた、「フェアリーよ。ここは我と勇者に」とフェアリーに声をかけ、その場から立ち去っていったのであった。
〜〜〜
「……っ」
「……」
「君、賢者なんだ。どうしてこんなところに? それに、剣聖も。魔王城に相応しくない人たちがどうしてこんなに?」
魔物と同じように怯える、マーリン。
そして、表情ひとつ変えないクリス。
その二人を見つめ、セシリアは笑う。
その場に胡座をかき、敵意など欠片も出すことなく。
「ねぇ、教えて。教えてよ。知らないことだらけなの、わたし」
周囲を見渡し、セシリアは朗らかに魔物たちに問いかける。
しかし、魔物たちは皆怯え、セシリアの姿にその身を震わせることしかできなかった。




