歴代勇者①
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かつての彼女を知る者は皆口を揃えてこう言う。
「あの勇者に並ぶ者はこの世界には居ない」と。
疾風のように駆け、稲妻のように加護を付与した剣を振るう。
その両の瞳に瞬くは、目の前の敵に対する殺意ではなく己の加護に対する自信。
舞い上がった紅色の髪。
引き締まった体躯に纏われた漆黒のローブ。
それはまさしく、武神の化身。いや、その見た目から、加護の女神と呼ぶ者も居た。
しかし、時は流れはや20年。
授かった加護の力は弱まり、セシリアは地図に乗らない小さな小さな村で余生を過ごしていた。
自らの加護。それを細々と張りながら。
「おーい、セシリアさん。水汲みのほうはどうだ?」
「あっ、はーい。もう終わっていますよ」
額に滲む汗。
それを拭い、セシリアと呼ばれた女性は清々しい表情をもって応えた。
「ありがとな。いやーそれにしても、セシリアさんがこの村に来てくれてほんと助かったよ」
「いえいえ。わたしなんてそんな」
「戦いから身を引いてもう何年くらいになるんだい? セシリアさん」
「えーっと。最後に力を振るったのは、かれこれ20年前になりますかね?」
「はぁ、もうそんなになるのかい。時が経つのはやいね」
「そうですねー。でも、でも。この身に染みついた加護の力はまだ健在ですよ。全盛期に比べれば、範囲も効果も衰えてしまっていますけど……この辺りの魔物なら、はい。ちょちょいのちょい。です」
「そうかい、そうかい。頼りになるねぇ」
セシリアの朗らかな言葉。
それに初老の村人は満面の笑顔をもって応える。
そしてそれにつられ笑う、セシリア。
そんなセシリアを村人たちを慕い、そして大切にしていた。
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そして、その夜。
そんなセシリアを訪ねる者たちが居た。
「セシリアさん。どうしてもダメですか?」
「今のこの状況。それを少しでも打開するには、貴女の力が必要なのです」
「此度の勇者になにがあったのか。何故、魔王と手を組みその力を奮うようになったのか……それを知る必要があります」
殺風景な小屋。その元勇者が余生を過ごすには小さすぎる場所。
そこに、かつてセシリアと共に世界を救った者たちが集いそして声を発していた。
揺れる蝋燭の火。
それに照らされ浮かぶ、面々の重苦しげな表情。
曰く。
「勇者の加護を引き継いだあの者。名はアレンと言いましたかな? あの村で、セシリアさんが頭を撫でたあの少年」
白髪混じりの魔法使いーーブライ。
「ふふふ。あの時、直感でこの子には勇者の素質があるって興奮して語っていましたね、セシリアさん」
歳を重ねてもその柔らかさは消えない、銀髪の治癒師ーースズメ。
「しかしその選択。それが今となっては誤っていたのかもしれない。誤っていたとなれば、それを正すべきは我らの役目」
眼光鋭く、衰えない肉体を持つ武闘家ーーゼウス。
その三人が、セシリアへと決断を迫っていた。
その三人の言葉。
それを受け、セシリアはしかし首を縦には振らない。
「今更、わたしが出張ったところでね。それに、わたしはアレンくんを信じてる。あの子なら、たとえ魔王と手を組んでも世界を悪いようにはしないと思う」
アレンの面影。
それを思い出し、微笑むセシリア。
「なにか理由があったんだと思う。それを詮索したところで、あの子にとって迷惑かもしれない。まっ、今はまだ様子見ってところで」
言い切り、セシリアは椅子から立ちあがろうとする。
しかし、そのセシリアの表情。
そこには、「明日には出向いてみようかな」という隠し切れぬ意思が宿っていた。
そしてその表情。
それに、仲間たちも気づき「いつものセシリアだな」という表情を浮かべたのであった。
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