VS魔王①
「嘘」
アレンの言葉。
それに、少女は短く声を響かせる。
「貴方に魔王は殺せない」
感情の伴わぬ抑揚のない声。
もはや、少女に自我は無い。
そこに佇んでいるのは、ペルセフォネのカタチをした抜け殻のみ。
「虚勢。虚勢。アレン。貴方に魔王は殺せやしない。だって、そうでしょ? 貴方は魔王を。ガレアをーー」
瞬間。
少女の身に穿たれる、聖剣。
びちゃりと飛び散る、鮮血。
その場に崩れ、しかしその顔から笑みは消えない少女。
「ふ、ふふふ。ははは」
血の涙。
それを滴らせ、少女は笑う。
「死ぬ。わたしは死ぬ。やっと、死ねる」
ぐちゃッ
三度、穿たれる聖剣。
それに呼応し、少女は更に笑う。
「解放される。解放される、の。わたしは、この。汚れた、生から。よかった、よかった」
少女の脳裏。
そこに蘇る、微かな記憶。
いつの記憶かはわからない。
数千前のなのか。或いは、もっと前の記憶なのか。
〜〜〜
"「オマエ。気持ち悪い」"
"「さっさと。死んでくれない?」"
"「知恵遅れ。どうして、そんなに馬鹿なの?」"
"「成長しない身体。その見た目。オマエは人間ではない。人間ではなく、動物だ」"
"「冥府? 聞いたことのない言葉だな。そんな得体の知れぬモノ。それをこのゴミの一族は信仰していたというのか?」"
腫れ上がった顔面。
止まることのない鼻血。
既に涙は枯れ、薄暗い部屋の隅で少女は頭を抱え震えていた。
小枝のように細い手足。汚れた白のローブ。
「パパ。ママ。ぱぱ。まま。私は、いい子にしています。ヨミはいい子です。いい子。いい子。だから、はやく。ヨミを迎えにきてください」
譫言を呟き、少女はいつも言われのない虐待に怯え感情を殺していた。
孤児院。
そこで物心がついた時から、少女は笑う日など一日でも存在しなかった。
そんな日の中。
そこで少女はいつも【冥府】に心を寄せていた。
冷たい闇。淀み、全てを飲み込む闇。
それにヨミは願っていた。
この傷だらけになった自分の心。
それをその闇が飲み込み、全てを覆い隠してくれること。
それを願っていた。
そして、ある日。
冥府は、ヨミに応えたのであった。
〜〜〜
仰向けに、少女は空を見つめ微笑んだ。
「やっと、終わり。やっと、私も。終わりなの」
冥府に囚われ、死ぬことさえもできなくなった己の身。
それも、ようやく終わる。
冥府の世界。
そこで長きに渡り、あらゆる死の瞬間を見続けそして体感してきた汚れた生。
そこから、ようやく。
穿たれ続ける、勇者の殺意。
それに、ヨミは最後の最後まで笑っていた。
「ありがとう、勇者様。この、ワタシを殺してくれて」
最後の呟き。
その余韻と同時に、ヨミの首に聖剣が突き刺さる。
その聖剣に手を触れ、ヨミは一筋の涙を流した。
このセカイは加護に満ちている。
かつて聞いた勇者の言葉。
その意味を、ヨミは理解する。
そして、静かにその命を散らしーー
ゆっくりとその瞼を閉じていったのであった。
〜〜〜
「アレン」
瀕死となった、フェアリー。
それを放り投げ、ガレアはアレンの名を呼ぶ。
「我は魔王。お主を、屠るモノ」
「……」
「貴様の存在の加護。ソレによりこの世界が存在しているのなら……お主が死ねば、世界は無となるということ」
ガレアの言葉。
それにアレンは応えない。
「あらゆる加護を操り、そして行使するモノ」
冥府の支配。
それにより、言葉を発するガレア。
「返してもらう。そうお主は言い、あのモノから加護を失わせた。だとすれば、お主は」
そのガレアの言葉。
それを、アレンは遮る。
手に握った聖剣。
それを、ガレアへと投擲しーー
それが乾いた音と共に弾き飛ばされたのと同時に、
手のひらをかざし、創造の加護をもって魔王殺しの剣をその手に握りしめて。




