復讐③
弾かれた矢。
それをしかし、ペルセフォネは目で追う事はしない。
ただ一点に。玩具を見つけた幼子のような眼差し。
それをもってガレアを見つめ、呟く。
「玩具。何秒、もつかな?」
刹那。
ガレアの眼前。
そこに、ペルセフォネは現れた。
漆黒を纏い、それこそ一瞬で。
周囲の魔物たち。
そのガレアの側に佇んでいた面々は、しかし動じない。
「自ら我らの陣内に入ってくるとはなッ、実に愚か!!」
「八つ裂きにしてくれる」
「冥府だかなんだか知らぬが数的には我らが圧倒的に有利!!」
「かかれ!!」
その威勢のいいかけ声。
それに、ペルセフォネは一言。
瞳孔を開き。周囲を見渡し。
それこそ道端の小石に向け、吐き捨てるように。
「黙れ。魔物共」
ペルセフォネの視界。
そこにうつる、全ての魔物たち。
その身にかかる、冷たく重い死の加護。
あらゆる死の瞬間。
それが耐え難き幻痛となり、魔物たちの精神を蝕む。
次々とその場に崩れ落ち、白目を剥き痙攣していく魔物たち。
その光景。
それは、水を無くし呼吸を失った魚そのもの。
「ふふふ。無様。滑稽。ふふふ。ねぇ、貴女もそう思うでしょ?」
楽しそうに笑い、ガレアを見上げるペルセフォネ。
己の赤の双眸。
そこに宿るのは、幼い愉悦と嗜虐。
「何百。何千。ううん、違う。何万、何十万、ううん、違う。違う。何億。何千億。この世界が生まれたその時。その瞬間からわたしは全ての死の瞬間を感じてきたんだ。すごい? ねぇ、すごいでしょ」
声を響かせ、ペルセフォネはぴょんぴょんと跳躍する。
その異様さ。その、異質さ。
それに、宙に留まりペルセフォネの視界から逃れたフェアリーは息を飲み見つめることしかできない。
だが、そのフェアリーの畏れを砕くガレアの声。
「我の部下になにをした?」
周囲を見渡し、ガレアは静かにペルセフォネへと問いかける。
微かに赤髪を揺らし、微塵も表情を崩す事なく。
そのガレアの問い。
それに、ペルセフォネは小首を傾げ応えた。
「うーんっとね」
頬を綻ばせ。
「玩具には教えてあげない」
どこか小馬鹿にした、ペルセフォネの声。
それを噛み締め、ガレアはペルセフォネを見据える。
瞬間。
ペルセフォネの顔。
そこに浮かんでいた微笑み。
それが、消えた。
揺れる、大地。
呼応し、ガレアの足元を中心に広がる亀裂。
そして、呟かれたガレアの言葉。
「貴様が相手をしているのは、我一人ではない」
ガレアの赤の瞳。
その中に瞬く、闇色の灯火。
それは、アレンの加護の賜物。
無意識に。
ペルセフォネの足。
それが一歩、二歩と後ろに下がる。
そして、三度響くガレアの声。
「勇者と魔王。その二人と相対していると--」
赤と闇。
二色のオーラがガレアを包み、その手に再び剣が握られる。
真紅と漆黒。それに彩られた、剣。
その刃先。
それをペルセフォネへと固定し、ガレアは言い切った。
「理解しろ」
「そうだッ、理解しろ!!」
颯爽と、ガレアの側に駆けつけたリリス。
賢さ0。
そのおかげで死の加護の影響を受けなかった、リリス。
その大声もまた響き、場の空気を一変させた。
「おいッ、リリス!!」
「なに!?」
「お、お前。なんともないのか?」
「あるわけない!! フェアリーもッ、なんともなさそう!!」
フェアリーを指差し、リリスはなぜか鼻息を荒くする。
「降りてきてッ、あなたでも陽動くらいはできる!!」
「お、おう。それぐらいなら」
リリスの勢い。
それにおされ、フェアリーはガレアの側へと降りてくる。
そして、更に。
「……」
ガレアの側。
そこに並び立ち、静かに剣を抜くクリス。
その瞳。そこにペルセフォネに対する畏れはない。
そんな四人の姿。
その、ペルセフォネが最も嫌う死を畏れぬ或いは理解できない存在たち。
「ちょっと、面白くなくなってきちゃった」
忌々しく呟き、ペルセフォネは元の場所へとその身を戻す。
闇を纏い。最初にそうしたように。
そして。
「なら。直接、死を感じさせてあげる」
響く声。
冥府のモノたち。
その先頭に立ち、両手を広げるペルセフォネ。
「--ッ」
更なる加護。
それをペルセフォネにより付与され、うめきをあげる存在たち。
その軍勢。
四人はソレを見つめ--
勇者の面影。
それを自らに重ね、畏れなどなく駆け出していったのであった。
〜〜〜
アレンを囲む、冥府のモノたち。
皆その身からは混じり気のない殺気を漂わせ、アレンの命をその餌とし見定める獣のような雰囲気を放っていた。
だが、それはアレンもまた同じ。
意思持つ闇。
それを従え、漆黒の剣を握るその姿。
それは勇者ではなく--
「お前もまた。闇に堕ちた者」
アレンの姿。
それを見据え、男は声を響かせる。
そしてゆっくりとそのフードをとり、外気へと顔を露わにした男。
白銀の髪。
それを揺らし、物憂げに目を伏せる一人の男。
その姿。
それにアレンは見覚えがあった。
「聖騎士」
アレンの口。
そこから呟かれた名。
それは、王都を守護する誇り高き者にして王に絶対なる忠誠を誓った者の名前。
「まだ、その名を呼んでくれるのか」
アレンの声。
響いた己の名前。
フィンはそれを噛み締め、暗く濁った瞳でアレンを見据える。
その眼差し。
そこに光は無い。
かつて見た聖騎士の面影。
王の側。
そこで静かに佇み、アレンの姿を見つめていたフィン。
王を守護する者として。王都を守護する者として。
その揺らがぬ忠誠心を胸に、フィンは勇者をその輝く瞳にうつしていた。
白銀の鎧に身を包み、その顔に柔らかな笑みをたたえながら。
ゆっくりと。
その歩を前へと踏み出し、フィンは続ける。
ただ一点にアレンを見据え、もはや人の身で無くなった我が身を省みることなく。
「王は、かわってシマわれた」
淡々と。
まるで虚空に語りかけるかのように響く、フィンの声。
「あの日。勇者の故郷。ソレを、滅した時から。かわってシマわれた。理性的な判断。ソレができなくなってしまわれた」
フィンの言葉。
それに呼応し、周囲の冥府のモノたちも武器をおろし殺気をおさめていく。
その様。
それはまるで、我が主の語り声。
それを静かに聞こうとする臣下そのもの。
その光景。その異様な景色。
それに、アレンもまた静かにフィンの語る言葉を聞く。
畏れではなく、哀れみ。
フィンのあの姿。
こちらを見据え、なにも語らずとも伝わった勇者に対する敬意と誠意。
「冥府のモノ」
「……」
「王が勇者の故郷を滅した、頃。現れた」
「……」
消え入りそうなフィンの声。
「止めればヨカった。王のアノ、決断。この身を挺してでも、とめれば」
足を止め、フィンは両手で頭を抑える。
それに倣い、周囲のモノたちもまたその場に膝をついていく。
「フィン」
名を呟き、アレンを剣で空を切る、
「自らの選択。それを悔やみ、苛まれた心。そこに、冥府つけ込まれた」
響く、アレンの声。
そしてアレンの瞳に宿るのは、フィンに対する僅かな同情だった。
その声音。その視線。
それは人の心に寄り添う、勇者だった頃の面影を残す声と瞳。
「王に対する忠誠。いくら王が変わり果てたとはいえ、その忠誠は闇に飲まれても消えることはなかった。だから、自我を無くし聖騎士のことさえ忘れた王の側に」
「……」
「果たす。アレは、忠誠を果たすという意味。命さえも差し出した王に対する忠誠。それを」
アレンの闇。
それにより一度、その身を飲まれてもなお忠誠を誓おうとした。
アレンの言葉。
それに応えず、ローブの懐から剣を抜くフィン。
そしてそれを構え、声を響かせた。
「アレン。オレを消せ。勇者の力。それをもって、オレを消せ」
フィンの懇願。
それを、アレンは聞く。
剣を構え。
"「勇者殿。いつか手合わせをお願いいたします。我が部下たちにも是非、その力をもってご指導を」"
フィンと交わした約束。
それを思い返し、唇を噛み締めて。
そして。
ぶつかり合う、二人。
剣戟の音。
それが二度三度と響き--
アレンの剣。
それがフィンの胸を貫いたその瞬間。
「あ、れん」
アレンの名。
それを優しく呟き、フィンは儚げに笑った。
闇に堕ちた、聖騎士。
その最期まで国を愛し王に忠誠を誓った者の最期。
それは残酷で、それでいてどこか儚く幸せそうだった。




