復讐①
「来るなら、どこからでも来い。我は逃げも隠れもせぬ」
瓦礫の転がる、玉座の間。
その本来なら威厳に満ちた空間。
そこに響く声。
それは、威厳ではなく諦観に彩られた王の声だった。
周囲に居並ぶは、人のカタチをした闇色の騎士。
冥府より召喚されし、魔でも人でも無い闇色の存在。
その手には漆黒の剣。そしてその身には漆黒の甲冑を纏い、顔は兜で覆われている。
そんな王の側。
そこには、闇色のローブを纏いフードを深く被った一人の男が佇んでいた。
その男に、王は語りかける。
「冥府の者。我と交わした契約。果たしてもらうぞ。勇者を葬り、世界を我の手に。という契約をな」
「……」
男は応えない。
ただ静かに、こちらに近づく勇者の足音を無表情に聞くのみ。
その男の姿。
それに、王もまた言葉を発するのを辞めた。
そして自らも、玉座へと続く赤絨毯の道の先をじっと見据える。
軋む空間。
アレンの足音。
それと呼応し、微震する玉座の間。
そして、そのモノは現れた。
「勇者」
王の口。
そこから漏れる、その言葉。
その名を塗り潰すが如く、闇は蠢く。
アレンの影。
それを貪る獣のように。
殺気を帯びた闇。
それを纏わせる、アレン。
ただ一点に光無き眼で王を見据えるその姿。
それは、かつて自らの眼前で「世界を救う」と語っていた勇者の姿ではない。
そこに在るのは、復讐にその身を委ねた一人の人間の姿だった。
吹き抜ける闇を帯びた突風。
それを王が右手で遮ろうとした、瞬間。
穿たれる、一本の短剣。
それは王の右腕を穿ち、千切り飛ばす。
びちゃっと飛び散る、鮮血。
その鮮血。
それを頬に受け、しかし男の表情は変わらない。
一歩。前に踏み出し、アレンへと手のひらをかざす男。
それに合わせ、漆黒のモノたちもまた剣を構えアレンへと殺意を向ける。
「きッ、貴様ァ!! 王であるこの我に--ッ」
痛み。
ソレより早く、王の絶叫が響かんとした。
だが。
「左」
淡々と。それを遮るように。
王だけを見据え、無機質に呟かれたアレンの言葉。
それが響く。
それに呼応し、
三度創造されし漆黒の短剣。
それがアレンの意思に応え、王の左腕へと射出される。
その短剣の前。
そこへと身を置く、冥府のモノ。
そしてこちらへと飛来する短剣。
それを自らの剣で弾き落とし--
刹那。
速さの加護。
それを付与し、アレンは瞬きの間に存在との距離を詰める。
そして、漆黒に濡れた手のひら。
それを握り、拳をつくったアレン。
「--ッ」
うめき。
それをあげ、存在はアレンに対し剣を振り払わんとする。
獲物を見つけた捕食者のように。一切の躊躇もなく。
だが、アレンはそれすらも許さない。
「消えろ、ゴミ」
吐き捨て。
アレンは、拳を叩き込む。
音を置き去りにし、眼前の存在を文字通りゴミのように。
めきぃッ
響く、兜の割れる音。
そしてそれを余韻とし、後方へと吹き飛ばされ壁に激突する漆黒の存在。
時間にしてわずか数秒。
その中で起こった出来事。
それに、王は息を飲み一人後ずさっていく。
右腕のあった場所。
そこを滲む血と共に抑え、その顔に汗を滲ませながら。
「ば、化け物め。お、お主は身も心も闇に染まったようだな」
「……」
化け物。
自分に対し発せられたその言葉。
それを聞き、アレンは無機質に王を見つめる。
その視線。
それを受け、王は更に続けた。
「見損なったぞッ、アレン!! 我は今後の世界の為を思って最善の手を打っただけのこと!! 魔王無き後ッ、力を持つ者が居れば世界はソレに怯えなくてはならぬ!! だからこそ我はッ、お主自身の手で自らの幕引きをさせてやる為のきっかけ!! それを与えてやろうとしただけのこと!!」
響く歪んだ人の本質。
「それをお主は事もあろうに!! 後一歩でッ、後一歩で我の目的が達せられたというのに!!」
「……」
あぁ、そうか。
ほんとに人間は、化け物だ。
"「ねぇ、アレン。うーんっ、とね。なんでもないっ。ただ呼んでみただけ」"
ソフィの笑顔。
それを思い出し、一筋の涙を滴らせるアレン。
そのアレンの表情。
そこに感情はない。
「なんだ、泣いておるのか? ふ、ふんっ。化け物の分際でまだ人の心は残っておるようじゃな」
アレンの姿。
王はそれを鼻で笑う。
周囲に佇む、冥府のモノたち。
それより歪んだ本質を露わにして。
「ま、まだ間に合うぞ。その人の心をもってその場で自害するのだ。ど、どうせお主にはなにも残されておらぬ。故郷も、家族も。なにもかもな。わ、我の命を奪ったところで現実は変わらぬのだからな」
後退りながら、声を発し続ける王。
その顔に宿るのは、アレンに対する蔑み。
そして、未だ己の欲を叶えようとする歪みきった人間の笑いだった。
アレンの手。
そこに握られる、漆黒の剣。
それは創造の加護により創られた、魔剣。
禍々しきソレは、聖剣とは対をなすモノ。
アレンの闇。
それが剣に収束し、魔剣の闇は更にその色を深淵と為す。
聞きたいこと。
知りたいこと。
それは、あった。
心眼の加護。
そして、王自らの口から語ってもらおうとも思っていた。
だが、もういい。
もう、どうでもいい。
ただ今は。
「もッ、者共!! あの闇をッ、あの人間をッ、さっさと我の前から消し去るのじゃ!!」
王をこの手で殺してやりたい。
響いた王の号令。
それに倣い、存在たちは一斉にアレンへとその敵意を向ける。
「--ッ」
空間を震わせる唸り。
そしてモノたちは、アレンの命を消し去らんと次々と攻撃を加えていく。
ある者は剣を。
ある者は手のひらをかざし、魔法を。
またある者は、その瞳をもってアレンを見据えて。
だが、アレンはその全てを無に帰す。
たった一歩。
それをもって。
迸る、闇。
そして、アレンは感じた。
自分に従う闇。
それが、自らの心に共鳴する感覚。
それをはっきりと。
そして。
「闇の加護」
アレンの中。
そこに新たに目覚めた加護。
その名を呟き、アレンは存在たちを殲滅せんとする。
「な…っ」
思わず声を漏らし、その場に腰を抜かす王。
闇は龍のカタチを為し、アレンの足元から影のように対象に向け牙を剥いていく。
あるモノは飲まれ。
あるモノは食われ。
あるモノは、八つ裂きに。
「ひ、ひぃっ」
顔を青ざめさせ、王は忌避を図った。
だが、アレンはそれを許さない。
一歩。一歩。
闇を従え、王へと近づいていくアレン。
その姿。
それに王は、なおも虚勢を張り続けた。
「アレンッ、こんなことをしてなにになるというのだ!? わ、我を殺したところで現実はなにも変わらぬ!! であればッ、我を生かし共に世界を良き方向へと--ッ」
「……」
王の眼前。
そこに佇み、アレンは淡々と剣を振り上げる。
その瞳に宿るは、無機質な殺意。
命乞いや贖罪。
そんなものに一欠片の慈悲も見せないという、アレンの純然たる意思が宿っていた。
呼応する闇。
アレンの背後に聳え、巨大な獣の姿を創るアレンに従う意思をもった闇。
そして。
「死ね」
短く吐き捨て、アレンは王へと剣を振り下ろす。
これまでに積み重ねられた思い。
それを吐き出すようにして。




