冥府の使者②
「怖い。怖い顔」
アレンの脳内。
そこに直接響く、ペルセフォネの声。
「わたしの命を奪う。それに表情ひとつ変えないなんて」
そのどこか楽しそうなペルセフォネの声。
それにアレンは応えない。
いや、応える価値もないと判断する。
アレンのその姿。
それを、ペルセフォネは見つめる。
既にその身は原型を留めていない。
しかし、ペルセフォネの意思は闇に染まったアレンの姿を恍惚と見つめる。
「ふふふ。素敵」
「……」
「貴方のその姿。光が闇に染まる過程。それは、冥府にとってなにものにも代え難い快楽」
ペルセフォネの声。
それに、アレンは呟く。
「共有の加護」
瞬間。
アレンの意思。
それがペルセフォネのカタチ無き意識へと共有される。
それが意味すること。
それは即ち--
「ようこそ、アレン。わたしの中へ」
響く、ペルセフォネの妖艶な声。
そして、アレンの視線の先。
そこには小さな漆黒の玉座に座し、頬杖をする一人の少女が居た。
周囲は灰色の殺風景な、玉座以外のモノがなにひとつ存在しない空間。言うなればそれは、まさしく。
「ここはわたしの世界。わたしの意識の内側。ふふふ。初めてかな? ここに、訪問者がやってくるのは」
ペルセフォネの言う意識の世界そのもの。
アレンの姿。
それを見据え、足を組み換えるペルセフォネ。
そして、その肩。
そこには、一羽の鴉が毛繕いをしながら留まっていた。
そのペルセフォネの姿。
それにアレンは、手のひらをかざす。
だが、ペルセフォネはそれをくすりと笑う。
「また、私を殺すの?」
声を響かせ。
「死ぬのってね。痛くはないけど、気持ちのいいモノでもないの。貴方の創った剣。アレ、今まで受けてきたどんな剣よりも。どんな攻撃よりも。鮮明な死をわたしに感じさせてくれた」
創造の加護。
それにより創られた冥府殺しの剣に対する、賛辞。
それを送り、ペルセフォネはゆっくりと玉座から立ち上がる。
そしておもむろにアレンに人差し指を向け、ペルセフォネは呟く。
「だからね、アレンにもお礼がしたいんだ。あの自滅した人間みたいにたくさんの加護をあげてもいい。でも、貴方にはそんなモノ通用しない」
「かぁかぁ」
ペルセフォネの呟き。
それに呼応し、宙へと羽ばたく鴉。
刹那。
迸る閃光。
それが、鴉を撃ち抜く。
曰く、それはアレンの放った加護の力。
雷槍招来。
賢者の加護により発動された、魔法の槍。
けたたましい鳴き声。
それを響かせ、消滅する鴉。
それにしかし、ペルセフォネは動じない。
「わぁ、すごい。またわたしに死を感じさせてくれた」
声に宿る、喜び。
そしてペルセフォネは、アレンを見る。
一片の光無き双眸。
それをもって、アレンをその瞳に捉えた。
歪む、周囲の光景。
しかし、ペルセフォネの顔から微笑みは消えない。
アレンに向け固定された、小さな指先。
その指先で小さな円を描き--
「死の加護」
凛と響くペルセフォネの短い言葉。
それに対するように、三度、発動されようとするアレンの加護。
「創造の加護。魔法、時間--」
停止。
そう、アレンの声が響こうとした時。
ぐらりと揺れる、アレンの視界。
そして心にのしかかる、重く冷たい氷塊のような感触。
そしてそれと同時に、アレンのナカを襲うあらゆる死の瞬間。
痛い。苦しい。熱い。
息ができない。
あ、れん。こわい。こわいよ。
幾千幾万の死の瞬間。
それがアレンのナカを蝕み、侵食していく。
これまでペルセフォネが感じ、見てきた死の瞬間。
それら全てが、アレンの精神を壊さんと牙を剥く。
さしものアレンも、その場に片膝をつく。
身体が鉛のように重く、頭に釘を打たれたかのように鋭痛が貫く。
しかし、その瞳に揺らぐ闇。
それだけは決して、衰えることはない。
「どう? アレン」
闇に包まれ姿を消し。
「これが冥府の加護。ありとあらゆる死の瞬間。それを付与する。わたしの力」
膝をついたアレンの眼前。
そこに現れ、ペルセフォネはアレンに視線を合わせるようにしゃがみこむ。
幼い愉悦に彩られた表情。
そして、アレンと同じ曇りなき闇色の眼。
それをもってアレンの顔を見据え--
瞬間。
「俺を舐めるなよ」
無機質なアレンの声。
それが響き、ペルセフォネの細い首にかかるアレンの殺意のこもった手。
めきっ
締め上げられる、ペルセフォネの首。
およそ人の力とは思えない筋力の加護のかかったアレンの手のひら。
めきっ
骨の軋む音。
弱まっていくペルセフォネの息遣い。
しかし、ペルセフォネの幼い顔から笑みは消えない。
「すごい。すご…い。やっぱり。貴方は……冥府の。最大の障害」
「障害? 俺はてめぇらの目的なんて知ったこっちゃねぇんだよ。冥府だかなんだかしらねぇが、でしゃばってくんじゃねぇぞ」
耐性の加護。
それを自らに付与した、アレン。
そして死の加護をものともせず、アレンは吐き捨てる。
そして、ペルセフォネを締め上げたまま立ち上がり更に続けた。
「答えろ」
笑ったままのペルセフォネ。
それに、アレンは問いかける。
「てめぇらは何匹いる? 俺の復讐が済めば、一匹残らず始末してやる」
「おしえない。おしえない。ふふふ」
楽しそうに手足をばたつかせ、ペルセフォネは己の死の瞬間を楽しむ。
まるで、死など恐るに値しないと言わんばかりに。
そのペルセフォネの姿。
どこか不気味で底知れぬ冥府の使者。
だが、アレンもまたペルセフォネ等恐れない。
「そうか。なら、用は無い」
淡々と呟き。
創造の加護。
それを持って空いた逆手に冥府殺しの剣を創り、握るアレン。
そして容赦なく、アレンはペルセフォネの胸にソレを突き刺した。
「……っ」
止まる、ペルセフォネのばたつき。
その様。
それは、翼をもがれ地上に墜落した蝶そのもの。
ぽたぽたと滴る、闇色の雫。
アレンの足元。
そこに広がっていく、ペルセフォネの闇。
そして、アレンは一切の躊躇いなく手を離す。
どしゃっと音をたて、ペルセフォネの小さな身体が闇の溜まりへと沈む。
そのペルセフォネの身体。
それを踏みつけ、アレンは崩れゆくペルセフォネの意識の世界を見渡す。
パラパラと降り注ぐ、灰色の残滓。
それはさながら、積もることのない粉雪のよう。
降り注ぐ残滓。
アレンはそれを受け、ペルセフォネへと視線を落とす。
"「また、わたしを殺すの?」"
蘇る、ペルセフォネの言葉。
あの言葉。
それが意味することは、恐らく。
「立ち塞がるなら何度でも相手をしてやる」
己の胸中。
そこで強く呟く、アレン。
灰色の残滓。
それを一身に受け--
"「アレン。こわいよ。こわい。いたい。あれん」"
あつい。いたい。あづぃ。
もうぶたないでください。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめ……ん。な、さい。
ペルセフォネの死の加護。
それにより見せられた、ソフィの死の瞬間。
それに唇を噛み締め、アレンは痛む胸をおさえる。
耐性の加護。
それで心の痛みを完全に無くすこと。
それは、未だ人間であるアレンにできようはずもなかった。
そして、アレンは現実の世界への帰還を果たす。
復讐の焔。
それを大きく大きく揺らがせ、己の心の痛み。
それを覆い隠すようにして。




