殲滅の矢
それと同時に、アレンは呟く。
「安全地帯。そんなもの、あると思うなよ」
手のひら。
それをかざし、矢の飛んだ方向を見据えるアレン。
その瞳に宿るは、光ではなく闇。
「殲滅の加護」
己の胸中。
そこで加護の名を呟き、アレンはメリウスに向け飛んでいく一本の矢に対し加護を付与する。
「殲滅対象。こちらに向け一度でも矢を放った人間」
殲滅対象。
それを指定し、一本の矢はアレンの意の通り文字通りの殲滅の矢と為す。
そしてそれが意味すること。
それは即ち--
「……」
表情を変えず、手のひらを閉じるアレン。
その姿。
それを見つめ、ガレアは声を響かせた。
「アレン」
「はい」
「奴等への反撃。その命を」
「もう下しました」
踵を返し、ガレアに応えるアレン。
そのアレンの表情。
そこに宿るのは、躊躇いのない表情。
矢を放った者全てを殲滅するという、揺るがない思いだった。
「下したって……勇者様。わたしたちはなにも下されてないですよ」
「なにもしないことがご命令なんですか?」
「きゅっ?」
「ワオーン?」
アレンの言葉。
それに小首を傾げ、或いは疑問の鳴き声をあげ困惑する魔物たち。
その魔物たちに、アレンは応える。
「あの矢。それが全て」
矢の飛んだ先。
その青く澄んだ空の彼方。
それを仰ぎ見、アレンは続けた。
「奴等を殲滅します」
染み渡る、アレンの声。
紡がれた殲滅という名の言葉。
魔物たちはそれに、アレンの真意を悟る。
「皆殺し。というわけか?」
「はい」
ガレアの柔らかな問い。
それに頷き、応えたアレン。
「あ、あの矢一本でそんなこともできるのかよ」
「ふむ。勇者様のご加護に不可能はありませんな」
口々に声を漏らし、アレンの言葉を信じる魔物たち。
そしてそのアレンの言葉。
それは、まさしく現実になっていた。
遠く離れた、安全地帯。
そこで、アレンの言葉通りに。
〜〜〜
「メリウス様」
「なんだ?」
「我らに向かい飛来する物体がひとつ」
千里眼の加護。
それを用い、殲滅の加護を付与され反転した矢を見据える弓兵たち。
「おそらく、あちら側から射られた矢と思われます。どのようにこちらの場所を把握したのかはわかりません。ですが、勇者と魔王がなにかの細工をしたのであれば--」
「たった一本の矢になにができる。狼狽える必要などない。三度、俺の加護を付与した矢を奴等に射よ」
「かしこまりました」
弓兵の報告。
それを受け、しかしメリウスは動じない。
軽装に黒髪。
すらりとした体躯は獲物を狩る俊敏な捕食者を思わせ、その琥珀色の双眸に宿る自信もまた歴戦の武人そのもの。
王に仇なす者たち命。
それをその加護をもって幾多も奪い、その地位を確立してきたメリウス。
気づけば神弓士という称号を与えられ、国一番の弓使いとしてその名声を高めてきた。
そして、今回も。
「湖騎士の命。それを奪った功績。それによりますますその名声が高められますね」
側に控える側近の女弓兵。
その顔に浮かべられるは、メリウスに対する賛辞。
それにメリウスは応えた。
「アレンとガレア。その命も狩ってやる。元は、そっちが本来の目的なのだからな」
鼻で笑い。
「あの湖騎士の醜態。それを見せられ……ふんっ、珍しく俺の手元が狂ってしまった」
ランスロットをゴミと表現し、蔑みの表情を浮かべるメリウス。
そのメリウスの言葉と笑み。
それを砕くは、一本の矢。
〜〜〜
風を切り。
飛来する、矢。
そしてそれは--
メリウスの余裕を砕く、一本の絶望と化す。
曰くそれは、殲滅の矢。
アレンの加護。
それが付与された、対象の命を狩る悪魔そのもの。
〜〜〜
刹那。
飛び散る鮮血。
ランスロットと同じように首を射抜かれ、メリウスの眼前で崩れ落ちる女弓兵。
だが、矢は止まらない。
まるで意思を持っているかのように、その矛先を兵士たちに向け次々と射抜いていく。
的確に。急所のみを狙い定めて。
目を見開き、その矢を見つめるメリウス。
あがる絶叫。
逃げ惑う兵士たち。
しかし、矢はその勢いを衰えさせない。
殲滅。
対象を全て殲滅するまで、その矢は落ちることなどない。
アレンの表明した、殲滅の意思。
それを忠実に遂行するまで、なにがあっても決して。
コツコツ頑張っていきます。
誤字脱字報告ありがとうございます。




