勇者として①
そのヴァルキリーたちにアレンは命を下そうとする。
ランスロットに矢を射った者。
神弓士に向けての慈悲のない攻撃を。
だが、そこに。
「アレンよ」
「……」
「奴等への反撃。その前に、こやつを」
どこか儚げなガレアの声。
その瞳は心なしか弱々しい。
そして、それに続くクリス。
「勇者。この者もまた同じ……人の悪意にその心を踏み躙られし者。かつてこの者も抱いていたはず。お主と同じどこまでも正義を貫こうとした思い。そして、大切な人を守ろうとした決意。それをその胸に」
ランスロットの傍ら。
そこに佇み、更にクリスは続けた。
こちらへの攻撃を加える、ランスロットの姿。
それを思い出し、淡々と。
「水の加護。それを使えば、我らの命を一瞬にして屠ることも容易かったはず。わざわざ剣を創らずとも……意思さえ表明すれば」
「そ、そう言われてみればそうだな」
「手を抜いていたのか?」
「いや、違う」
「フェアリーさん?」
魔物たちの動揺。
それに、フェアリーはなにかを噛み締めるように声を発する。
「あいつは元から、俺たちを殺す気なんてなかったんじゃないか? 非情に徹すれば、俺たちを殺すことなんて造作もなかったはず」
水の加護。
それを一切の躊躇いもなく使っていたら、結果は変わっていた。
それこそ。こちら側が全滅していたかもしれない。
「憧れ」
響くガレアの声。
吐く息は白く、その瞳に潤すのは涙。
ランスロットの冷たくなった頬。
そこに残った涙の跡。
それを見据え、ガレアは更に続けた。
「勇者に対する憧れ。幼き日に憧れた勇者という存在。それをこやつは捨てきれぬかった」
響いたガレアの声。
それを聞き--
〜〜〜
"「おおきくなったらゆうしゃさまになるんだ」"
"「それでね。やみ。まおう。をたおすの」"
"「ぱぱとままも。わたしといっしょに」"
"「らんすろっとが。ゆうしゃさまになってそれでね。それでねっ。えへへへ」"
"「かっこいいゆうしゃさまっ。ぱぱっ、あの絵本っ。もういっかい読んでほしいっ」"
アレンは心眼の加護をもって見たランスロットの心の光景を思い出す。
純粋な笑顔。
それを浮かべ、絵本をもって幸せそうに飛び跳ねた幼きランスロットの姿。
"「わたしのゆめっ。それはゆうしゃさまになることですっ。かっこいいっ。みんなをまもる、ゆうしゃさまになることですっ」"
父と母。
その温かな笑みを受け、ランスロットは毎日毎日夢を語り頬を赤らめていた。
〜〜〜
ゆっくりと。
アレンもまた、ランスロットの側へと歩みよっていく。
そしてその傍らで肩膝をつき、アレンは触れた。
ランスロットの頬に残った涙の跡。
それを優しく、指で拭うように。
その時。
流れるはずのない、一筋の涙。
それが閉じられたランスロットの瞼より、つたう。
それをアレンははっきりと見てしまった。




