人の闇④
穿たれた矢。
それは紛れもなく、人の悪意が宿ったモノ。
ランスロットの翻意。
それを悟った人間側の意思の現れだった。
力無く首を下げ。
滴る己の血の中に蹲っていく、ランスロット。
とめどなく溢れる自身の血。
それは止まることなく、ランスロットの命をじわりじわりと蝕んでいく。
そのランスロットの姿。
それに、ガレアは目を見開く。
ガレアの顔。
そこに滲むのは、目の前の光景に対する焦燥と射られた矢に対する憤りだった。
「きゅ……っ」
悲しげな鳴き声。
それを響かせ、スライムたちは懸命にランスロットの傷口を塞ごうとした。
アレンによって付与された魔力の加護。
それによって扱える治癒魔法を用いて。
しかし。
ランスロットを貫いた矢。
そこには神弓士の加護--致命と必中が付与され、ヒール如きでは治癒が不可能だった。
「きゅっ」
「きゅっきゅっ」
「きゅっ!!」
周囲に助けを求めるように、スライムたちはその身を震わせる。
その姿。
それをランスロットは潤み、霞ゆく瞳で見つめた。
あの日。
わたしの全てを奪った闇。
薄ら笑いを浮かべ、返り血でその頬を赤く染め刃先をこちらに向けた存在。
それと同じ存在がわたしを助けようとしている。
そんな、こと。
あり得ない。
でもわたしは今。
目の前の現実。
それから目を背けようとする、ランスロット。
そんなランスロットの側。
そこに片膝をつき、ガレアは唇を噛み締め手のひらをかざす。
そのガレアの意。
それを汲み、アレンはガレアに更に加護を付与。
「魔力の加護がみっつ」
温かな光。
強化された治癒の光がランスロットを包み、傷を癒そうとした。
だが、結末は変わらない。
命の灯火。
それを揺らがせ、ランスロットは声を漏らす。
ガレアに向け、いつものように淡々と。
「はじめて、知った」
ランスロットの消え入りそうな声。
ガレアはそれを聞く。
ただ静かに。
ランスロットの背を撫でながら。
「魔物たちに。こんな優しさが、あった。なんて」
「……」
「もっとはやく知っていれば。よかった、な。ごめんね。勝手に勘違いして。は、ははは。きっと、あなたたちじゃない。わたしから、奪ったの。あなたたちじゃない」
柔らかく哀しげな、ランスロットの声音。
そこには既に魔物に対する憎悪はない。
「アレンも。クリスも。ごめん、なさい。もうすぐ、さよなら。だから、ゆるしてください」
響く二人に対する贖罪。
そして、降り続ける雪。
その優しく冷たい懐かしき感触。
それを身に受け--
〜〜〜
「おっきな水溜り。パパッ、これなに!?」
暖炉の側。
そこで絵本を広げ、幼きランスロットは父に問いかけた。
「それは湖っていうんだ」
「みずうみ?」
「あぁ」
「へーっ。すごいっ」
「ははは。いつかランスロットも連れて行ってあげるからな。いい子にしていたら……そうだな」
〜〜〜
「認められて。神秘を得ることができるんだ。パパ。わたし……少しは、いい子になれた。かな?」
蓋をした幸せな記憶。
それを最後に呟き、ランスロットはゆっくりと息を引き取る。
止まる痙攣。
消える、ランスロットの命の灯火。
それを見届け、ガレアはゆっくりとその身を起こす。
そして、声を響かせた。
「人の世を終わらせる」
それに呼応し、再び飛来するメリウスの矢。
その数、およそ数千本。
それは遥か遠くの安全地帯から射抜かれた、神弓士率いる弓兵たちの総攻撃。
それを見つめ、アレンは呟く。
ガレアの言葉の続き。
それに応えるように。
「変化の加護」
声と共にかざされる、アレンの手のひら。
そして、同時にこちらに向かい飛来する数千本の矢。
それが、アレンの言葉に応え--
弓を携え、翼をはためかせる数千体のヴァルキリーにその姿を変えたのであった。




