人の闇①
「……っ」
氷漬けになった水龍。
それを見つめ、ランスロットは息を飲む。
そして同時に、気づく。
己の水の加護。
それが、完全に封じられたことを。
大気中の水分。
それが絶対零度の影響で全て凍り、ランスロットの操る水の加護は全て意味を為さなくなる。
水の加護。
それがなければ、ランスロットはただの人。
そして、それが意味すること。
それは即ち。
「……」
己の剣。
それを抜き、こちらに歩み寄ってくるアレン。
その勇者に、生殺与奪を握られているということ。
震え。
ランスロットもまた、剣を抜く。
水の加護が無き今。
その力は、アレンには到底及ばない。
しかし、ランスロットはなおもアレンの死を望む。
「先の闇ッ、それにわたしは--ッ」
構えられたランスロットの剣。
しかしその刃先は定まらない。
こちらに近づいてくる、アレン。
それに呼応し、後ろに下がっていくランスロットの足。
そして。
口を開き--
ランスロットが三度声を発しようとした、瞬間。
「速度の加護がひとつ」
一瞬にして、アレンはランスロットの眼前に現れた。
吹き抜ける冷風。
それに髪を揺らし、ランスロットは呆気にとられる。
その反応。
それもまた、アレンは砕く。
ガキンッ
響く剣と剣がぶつかる音。
同時にランスロットの手から弾かれ、地面へと転がるランスロットの唯一の武器。
咄嗟に。
ランスロットはその剣へと意識を向けようとした。
だが、しかし。
アレンの手。
それに首を掴まれ--
「あんたを屍にする覚悟。それは既にできている」
そんな冷徹な声。
それと共に締められていくランスロットの首。
もがき。
懸命に死から逃れようとする、ランスロット。
アレンの手首。
それを両手で掴み、ランスロットは潤む瞳でアレンの顔を見つめた。
闇に染まったアレンの目。
そこに光は無い。
あるのは、曇りなき漆黒のみ。
ぎりっ
更に加わるアレンの力。
ゆっくりと。
まるで消えかけの蝋燭のように、その瞳から光が消えていくランスロット。
だらんっと垂れ下がる、ランスロットの腕。
それは糸が切れた人形のようで、どこか儚い。
そのひとつの命が終わろうとする光景。
だが、そこに。
「きゅっ!!」
スライムの鳴き声。
それと共に、一匹のスライムがランスロットへと突撃。
その衝撃。
それによりアレンの手から離れ、転倒するランスロット。
そして更に響く、鳴き声。
「きゅっ」
「きゅっ。きゅっ」
「きゅーっ」
ランスロットとアレンの間。
そこに集まり、スライムたちはランスロットを庇うような仕草をとる。
そのスライムたちの意思。
それをフェアリーは代弁する。
「アレン様、スライムたちはこう言っています。知る必要がある……と」
「……」
「先代の闇。その存在がそんなことをするはずがない。身近に居たわたしたちがそれをよく知っている……とも、スライムたちは言っています」
響くフェアリーの声。
「真相を知ってから。この者をどうするか決めても遅くはないではありませんか? それになにか、匂うのです。なにか我らを嵌めようとする匂い。それが微かに」
「「きゅっきゅっ」」
フェアリーの代弁。
それに次々とジャンプしていくスライムたち。
そのスライムたちの姿。
それを見つめ、アレンはランスロットへの殺意をおさめる。
そして静かに踵を返しー-
「魔王様。この人間の処遇。魔物たちにお任せします」
そう声を発し、ガレアの横を通り過ぎその場から離れていったのであった。
〜〜〜
「水が出ねぇぞッ、どうなってんだ!?」
「なんとかしろよ!!」
「近頃生活に支障がですぎなんだよ!! なにかあったのか!?」
城に押し寄せる人波。
それに城門前は混乱に陥っていた。
当たり前だと思っていた生活。
それが日々、不自由になっていっているのだから当然といえば当然。
「聞けば魔王城に近い村や街はいつものように生活していると聞く。どう考えてもおかしいだろ!!」
「そうだッ、そうだ!!」
「知っていることがあれば全て話せッ、俺たちには知る権利がある!!」
暴徒とならんとする群衆。
しかしそれを制するは、力による弾圧。
「騒ぐなッ、愚か者共!!」
「取り押さえろ!!」
取り押さえられ、兵に拘束されていく人々。
その有り様。
それを王は鼻で笑う。
バルコニーから見下ろし、見下した笑みをもって。
「ふんっ。この程度で騒ぎよって。直に偵察兵による報告で全てがわかるというのに」
そこに血相を変えて現れる、汗まみれの偵察兵。
そしてその口から話された、予想を悪い意味で大きく上回る内容。
それに、王は笑顔を無くし--
「な、なんだと?」
と、声をこぼし。
汗を滲ませ、顔を真っ青にすることしかできなかった。
〜〜〜




