絶対零度
巨大な炎剣。
それに穿たれ、首を飛ばされる水龍。
鳴き声はあがらない。
水に命はなく、あるのは無機質な龍のカタチだけなのだから。
そして、なおもランスロットは退かない。
滴り続ける涙。
それを拭うことすらせず、叫ぶ。
「舐めるな。舐めるなッ、舐めるなァ!!」
声を張り上げ、ランスロットは吠えた。
ちくりと痛む胸。
噛み締められる、唇。
"「おおきくなったらゆうしゃさまになるの」"
溢れ出る記憶の欠片。
それを塗り潰し、ランスロットは自らに懇願した。
出てくるな。出てくるな。
出て……こないで。
ふらつくランスロット。
息を荒くし。
鋭き眼光でアレンを睨み--
「水の加護がふたつ!!」
響くランスロットの意思。
呼応し、水龍の首が再びカタチづくられる。
いや、それだけではない。
「ば、化け物かよ。あの人間」
汗を滲ませ、ランスロットを化け物と称するフェアリー。
その理由。
それは、空に二体の水龍が現れたから。
否、創られたから。
ランスロットは笑う。
「死ね。死ね。みんな、死ね」
殺意と憎悪。
それに応え、二体の水龍は口を大きく開ける。
そこから放たれようとするのは、およそ人知では及びもつかない巨大な水球。あらゆるものを押し流す、水の脅威。
「て、撤退です。ガレア様にアレン様ッ、ここはひとまず撤退の命を!! あやつの加護。それは魔物には太刀打ちできません!!」
フェアリーの口。
そこから漏れる、撤退の意思。
そしてそれに続く、リリスの能天気な声。
「撤退。てったい。それってなに?」
「り、リリス殿。それは逃げるという意味です」
リリスに耳打ちをする、焦燥に満ちたゴブリン参謀。
それに倣い、魔物たちはリリスの側へと身を寄せていく。
その魔物たちにリリスは微笑む。
そして。
「逃げるの? なら、リリスがみんなを転移させてあげるよ。わたしね。転移は得意なんだ」
声を響かせ、リリスなその場に片膝をつき手のひらを地につけた。
瞬間。
ランスロットを除く、全ての者の足元に転移の刻印が出現。
後はリリスの意思ひとつ。
それをもって全員が転移を果たすことができる。
「さ、さぁこれでいつでも撤退が可能。が、ガレア様。そしてアレン様。ててて。撤退のご命令を」
今にも放たれようとする、水球。
それに怯え、フェアリーは二人へと懇願した。
「こ、ここで命を失うわけには参りません。ごごご。ご英断を」
しかし。
「フェアリーよ」
「は、はい」
「今。我の側に立っておるのは誰だかわかっておるのか?」
「ももも。勿論。アレン様でございます」
「では、なぜ。撤退などという選択を取らねばならぬ」
ガレアのアレンを信頼し切った声。
それが響き、その刹那。
「創造の加護。この世界に存在せぬ魔法を創造」
アレンの声。
それもまた、大気を震わせる。
そして。
二体の水龍。
それを標的に発動されるは--
アレンにより創造されし。
「絶対零度」
この世界に存在しない氷の魔法だった。




