給餌
その光景。
それにギルダークは、なんとか逃走を図ろうとする。
縛られてはいる。
しかし、今の勇者は命までは取らない。
そう踏んでいた。
「た、助かったぜ。闇に染まったとはいえ、まだ良心があったとはな。甘々だぜ、全く。あのアレンなら隙を見て逃げ出せるな」
胸中で呟く、ギルダーク。
だが、心眼の加護を持つアレンにそのギルダークの声は筒抜けだった。
縛られたギルダーク。
それを仰ぎ見、一言。
「リヴァイアサンの好物。それはなにか知っているか?」
「は? なに言ってんだ? その質問にどんな意味があるっていうんだ?」
突如として響いたアレンの問い。
それにギルダークはにやける。
「リヴァイアサンの好物? んなもん。俺が知るわけねぇだろ。魔物に興味なんてひとつもねぇからな」
先程までのアレンに対する畏怖。
それを薄れさせ、余裕を醸すギルダーク。
謝れば、命までは取らない。
この紐に縛られ、拘束されそこで終わり。
そうギルダークは確信していた。
だが、アレンは甘くはなかった。
踵を返し、ギルダークの元に歩み寄るアレン。
そして。
「リヴァイアサンの好物。それは人間の肉」
吐き捨て、アレンはギルダークを掴みあげた。
胸ぐらを掴み、闇に染まった瞳でギルダークを見据えながら。
響いたアレンの言葉。
その真意にギルダークは気づかない。
「お、おろせってアレン。リヴァイアサンの好物なんてどうでもいいんだよ。な? まだ良心があるんだろ? 知ってるぜ、俺はよ」
「……」
「そんな怖い目で俺を見るなって。な? な?」
「筋力の加護がひとつ」
ギルダークの舐めた声。
それを無視し、アレンは自らに加護を付与。
ぎりっ
「お、おい。アレン?」
完全に足が浮く、ギルダーク。
それを見上げ、アレンは三度問いかける。
「リヴァイアサンの好物。それはなにか知ってるか?」
無機質なアレンの声。
しかし、ギルダークは感じた。
純然たる殺意。
それがこもっているのを鮮明に。
「……っ」
生気を無くす、ギルダーク。
そして、見た。
アレンの肩越しに広がる湖。
そこで目を赤くし自身を見つめるリヴァイアサンと、カチカチと鋭い牙を鳴らし瞳孔を開く人魚たちの姿。
それをはっきりと。
忘れていた。
奴等は魔物。
れっきとした、人間の敵。
勇者の加護。
それがあった頃は歯牙にもかけなかった存在。
だが、今は違う。
「俺を舐めるなよ、ギルダーク」
「ひっ」
短く悲鳴をあげる、ギルダーク。
その悲鳴を関せず、アレンは身体を反転。
片手でギルダークを持ち上げたまま、「給餌」の意思を明確にして。
「やッ、やめてくれ!! たッ、頼む!!」
だが、アレンは情けをかけない。
涙目のギルダーク。
それを勢いよく、湖へと放り投げる。
まるでゴミのように。
放物線を描き、湖へと落下するギルダーク。
同時に響く絶叫。
ギルダークが落下した場所。
そこが一瞬にして赤く染まり--
文字通り。
ギルダークは、魔物たちの餌になったのであった。




