真の賢者④
そしてそれは、成り行きを見守る人々も同様。
息を飲み、アレンの姿を見つめる者たちの目。そこに宿るのは、マーリンと同じ感情。
即ち、アレンに対する純然たる畏怖の念だった。
一歩。
アレンは、その足を踏み出す。
呼応し、マーリンは命じた。
震える身。アレンに対する恐れ。
それを無理やり抑え込み、呟く。
「わ、私は賢者。なにを恐れることがあるっていうの?」
己の胸中。
そこで自らを鼓舞し、アレンの周囲に展開した雷竜たちに向けて声を響かせる。
「あッ、勇者を攻撃しなさい!! 恐れることなんてない!! この私の魔法に敵う奴なんてッ、この世界に存在しないんだから!!」
響く、マーリンの叫び。
それに応え、短く咆哮する雷竜たち。
そして。
一匹の雷竜。
それがアレンの背に向け滑空し--
刹那。
「一匹目」
響くアレンの声。
その声の余韻。
それが消える間もなく、射出された聖剣が一匹の雷竜を貫く。
稲妻のはぜる音。
それは、雷竜の終わりを意味する音色。
霧散し、消滅する雷竜。
その粒子。
それを受け、しかしアレンは歩みを止めない。
「……」
アレンの意思。
"雷竜の全てを迎撃する"
それに呼応し、全ての聖剣がそれぞれの雷竜たちへと刃先を向けた。
まるで、狩人の弓にこめられた矢のように。
寸分の誤差も感じさせぬ程に。
再び響く、雷竜たちの短い咆哮。
マーリンの命。
アレンを攻撃しろ。という命。
それを従い、雷竜たちは一斉にアレンに向け滑空。
実体を持たぬその身。
それは雷そのもの。
そして、常人ならばその身に触れただけで黒灰と為す魔法の域を超えた賢者の加護の賜物。
だが、アレンのソレは--
マーリンの全てを上回っていた。
轟音。突風。
つんざく、爆ぜる雷竜たちの鳴き声。
次々と聖剣に撃ち抜かれ、無へと帰結していく雷竜の群れ。
息を飲み。
表情を変えず、こちらへと向かい歩むアレンから距離を取ろうとするマーリン。
そのマーリンの表情。
そこに宿るのは、天敵に見定められた獲物そのもの。
そんなマーリンに向けられる聖剣の刃先。
それに、マーリンの頭に"死"がよぎる。
自分は勇者には、勝てない。
いや、勝負の土俵にすら立つことすらできない。
賢者。
その加護を操る存在にまで上り詰め、加えて変化の加護と心眼の加護まで操れるようになったにも関わらず。
「無理。むり。ムリ」
呟き、マーリンは戦意を喪失。
変化の加護。
それが解かれ、元の姿になってその場に崩れ落ちるマーリン。
そのマーリンのすぐ側。
そこに立ち止まり、アレンはマーリンを見下ろす。
全ての雷竜。
それは既に消滅し、残るはマーリンただ一人。
「複製の加護がひとつ」
響く、アレンの声。
それに応え、聖剣が一本に戻る。
加えて。
「縮小の加護」
それを発動し、元の大きさに戻る聖剣。
それを握り、アレンは張り上げる。
揺らぐ、闇。
そこには一片の曇りもない。
マーリンの防御壁。
そこに躊躇いなく振り下ろされた、聖剣。
パリンッ
と、防御壁はまるで水面にはった氷のように砕け散る。
涙目になり、マーリンは尻餅をついたままアレンから離れようとした。
その顔。
そこに滲むのは、アレンに対する恐怖のみ。
そんなマーリンに、アレンは刃先を向ける。
そして。
「奪の加護が三つ」
そう胸中で呟く、アレン。
それが意味すること。
それは、マーリンの加護である賢者、心眼、変化の三つの加護。それを自らのモノにするということだった。




