領土拡大③
そのスライムたちを撫でる、アレンの表情。
そこには勇者の面影は欠片もない。
あるのは、魔物側に立ったアレンという名の一人の人間の姿だった。
そんなアレンの耳元。
そこに、フェアリーは飛んでくる。
ぱたぱたと。
どこか、アレンを意識するように。
そして。
「アレン様、アレン様」
「ん?」
「その。わたしの頭も撫でていただけませんか?」
もじもじ。
頬を赤らめる、フェアリー。
その様。
それに、ガレアは声を響かせた。
「おい、フェアリー。貴様。アレンの心につけ入り、なにを企んでいる?」
フェアリーの力。
ガレアはそれをよく知る。
「自分に心を開いた相手。その相手を洗脳し、操る。アレンを洗脳し、なにを企んでいるのだ」
そのガレアの言葉。
まるで、自分がいつもなにも企んでいるかのような言い草。
それに、フェアリーは憤慨。
「ガレア様!! わッ、わたしは別にそんなつもりではありません!! た、ただ。勇者様がお顔。それがどこか暗い感じがしたので」
ちらちら。
アレンの顔。
それを見つめ、憤慨しつつも照れくさそうにするフェアリー。
「だ、だから。その。私の頭でも撫でて……気分転換でも。と思いまして」
「フェアリーさんのちっちぇ頭。んなもん撫でても気分転換なんかできません!! 撫でるなら触り心地のいい獣型の魔物ッ、特に体毛がもっさり生えた魔物のほうが!!」
「そうだッ、そうだ!!」
「人差し指みてぇな大きさなのに冗談言っちゃいけませんぜ!!」
フェアリーの提案。
それに居並ぶ魔物たち。特にゴブリン軍団は威勢よく声を張り上げる。
そして、それに続く。
「ワオーン!!」
というケルベロスの勝ち誇った遠吠え。
まるで、「自分こそ気分転換にふさわしい」という思いに満ちた遠吠え。
だが、フェアリーはひかない。
ぴきっ
と、小さな額に青筋を立て。
「喧ましいッ、ガレア様の戯言は許されてもお前たちの戯言は許されねぇんだよ!! ぶち殺されてぇのか!? おぉ!?」
自らの身体の大きさ。
それに合わぬ怒声。
それを魔物たちの頭上で響かせ--
「「ひぃっ」」
「くうー……ん」
ゴブリンたちと、ケルベロス。
その勢いを見事、削ぎ落としてみせる、フェアリー。
そのフェアリーの姿。
それに、人間たちは慰めの声を投げかけていく。
「ふぇ、フェアリー様は素晴らしい!!」
「そッ、そうよ!! 自らの小さな頭。それをもってアレン様のご気分を高めようとするなんて」
「流石、ガレア様の右腕。お心が広い」
ぱちぱち。
人間たちの響く拍手。
それに溜飲をさげる。フェアリー。
そして、深呼吸をし。
「と、まぁ。気を取り直して……アレン様。是非、ぜひ。わたしの頭を」
猫撫で声。
それを響かせ、フェアリーは再びアレンの元へとはばいていく。
「フェアリー」
「は、はい」
「気にかけてくれて。ありがとな」
フェアリーの気持ち。
それを汲み、アレンは指の腹でフェアリーを撫でる。
その一連の光景。
それに、クリスは呟く。
「この世界にふさわしきは……真に魔物やもしれぬ」
己の胸中で。
かつて魔物たちに抱いていた敵意を和らげながら。