マリア①
響いたクリスの声。
それにマリアは耳を塞ぐ。
「き、聞きたくない。聞きたくないわ。そ、そんな言葉。聞かない。き、聞いてたまるものですか」
己の所業。
それを断罪する、クリスの声。
それをマリアは聞こうともしない。
蹲り。
「い、今更そんなことを言っても遅いですわ。し、してしまったこと。起こってしまったこと。そそそ。それをなかったことにはできないのですから」
開き直り、マリアは現実を直視することを拒絶。
そんなマリアの側。
そこに歩み寄る、ガレア。
そして、その場に片膝をつき--
「聖女」
マリアの名。
それを呟き、ガレアはマリアの髪を掴み顔を持ち上げる。
現れる、マリアの顔。
それは既に自身の涙で砂だらけになり、そしてなぜか笑っていた。
「なにが、可笑しい?」
問いかける、ガレア。
それに、マリアは応えた。
「は、ははは。可笑しいではありませんか。は、ははは。可笑しい。可笑しい」
壊れた笑い。
それを漏らし、マリアは続ける。
「た、たかだか一晩遊んだだけで。たかだか数時間、己の欲に従っただけで。どうして、勇者はここまで極端な選択をとるのですか? 私には、わかりません。ははは。理解できません」
ガレアの冷たい眼差し。
マリアはしかし、その眼差しから目を背けない。
焦点の合わなくなった己の瞳
それをもって、ガレアを見据え--
「逆に教えて欲しいものですわ。ねぇ、魔王様。あっ、剣聖様もいらっしゃいます。どちらでも構いません。是非ともわたくしにご教授してくださいまし」
壊れた人形。
それを思わせる、マリアの声。
そのマリアにガレアは応える。
どこか虚しい光。
それをその瞳に宿し、淡々と。
「勇者は聖女を心の底から愛していた」
"「俺。この世界を救ったら聖女と結婚しようと思ってたんです。馬鹿ですよね。あははは。でも、はじめてマリアと会った時。とても胸の奥が温かくなったんです」"
ガレアの頭の中。
そこに蘇る、アレンの涙と声。
そしてガレアは続ける。
「我は人ではない。しかし、魔族もまた人間たちのように様々な感情を持ち合わせている」
「……」
聞き入るクリス。
そして、アレンもまた拳を止めガレアの声を聞く。
「その中で。恋というもの。愛というもの。それが踏み躙られた時。どれだけ苦しく、辛い思いをするか。聖女、お主にはそれが理解できぬのか?」
アレンの心。
それを思い、ガレアはマリアへと問いかけた。
その表情。
そこにマリアに対する諦めを滲ませながら。
マリアの顔。
そこから消える、笑顔。
そして、同時にマリアは苛まれる。
胸を抑え。
「い、痛い。いたい。イタい。わ、わたしは一体なにをして。なにを。して」
濁流のように押し寄せる罪悪感。
それに呼吸さえままならなくなって。
マリアさん。このまま終わらせるわけがない。