水の加護⑨
「アレン」
アレンの姿。
それを見定め、少女は笑う。
「あの人は居ないの? ほら、わたしを殺し損ねたあの人。赤い髪の、女の人。あっ、もしかして、死んじゃったの? ふふふ。もし、そうだとしたら。やっぱり、人間って脆いわね」
「まっ、仕方ないか。所詮、人間だし」
瞬間。
ゼウスは少女に向け、駆けようとした。
理性を無くし、本能のままに。
だが、それをアレンは遮る。
ゼウスの前。
そこに身を置きーー
「消えろ。目障りだ」
吐き捨て。
少女を見つめ、「消滅の加護」と意思を表明したアレン。
呼応し、アレンの足元に広がる闇。
倣い。
アレンの瞳にも闇が宿る。
「そう、そうだよ。もっと、もっと。その闇に己を委ねるの」
消滅の加護。
それを受け、しかし、少女は消えない。
それに、アレンは更にその闇を濃くしていく。
「消えろ」
「もっと」
「消えろ」
「もっと、もっとだよ」
「まだ貴方は遠慮している。わたしを消したいのなら、この世界を消すぐらいに。恨んでいるのでしょ? 思い出して、アレン。あの時の思いを」
一歩。
前に踏み出す、アレン。
あの時の闇。セシリアと対峙した時に見せた、闇。
それを纏い、アレンは少女に敵意を向ける。
その姿。
それに、ブライは声を投げかけようとした。
少女の目的。
それは、アレンを再び、不安定な状態に置くこと。
目的はわからない。
ただ明らかに、アレンが【勇者】になることを少女は忌避しているようにブライには見えた。
「お気を確かにッ、アレン様!! そのモノの戯言に耳をーー」
刹那。
ゼウスは、アレンに代わり少女へと駆け出す。
「舐めた真似してんじゃねぇぞッ、てめぇ!!」
だが、少女は微笑む。
そして、「言ったよね。貴方に用はないって」そう言い放ち、少女はゼウスに向け手のひらをかざす。
まるで、玩具を壊さんとする子どものように。
それこそ、一切の躊躇いも容赦もなく。
だが、そこに。
凛とした声が響いた。
「勇者」
澄み切った声。
その声。
それに、アレンの足が止まる。
呼応し、アレンの身にかかる蒼の力。
しかしそこに敵意はない。
そして更に染み渡る声の主の意思。
「水の加護。束縛」
アレンの足にまとわりつく、水の鎖。
覚えのある、声と加護。
瞳に光を戻し、アレンは声の響いたほうへと顔を向けた。
果たして、そこにはーー
蒼の加護。
それを纏い、自らの青髪を揺らす一人の女騎士が佇んでいる。
そしてそれは、かつて人の悪意にその命を散らされた、存在。
その者だった。