水の加護⑥
現れた、アレン。
アレンの瞳に灯るは光。
そしてなにかを決意したかのようなアレンの表情が、そこにはあった。
その先ほどとは違う雰囲気のアレン。
それに、スズメは察する。
歩を進め、マリアが囚われた牢屋へと向かってくるアレン。
それに倣い、スズメはなにも言わず、アレンとすれ違うようにして、牢獄を後にする。
その間際。
スズメは、仰ぎ見た。
格子の前。
そこに立ち、マリアを見つめるアレン。
その姿を見つめ、勇者に対する思いを胸に秘め静かに頷いたのであった。
〜〜〜
未だ響く、マリアの泣き声。
それに表情を変えず、アレンは牢の鍵穴に手を触れる。
そして。
「開錠の加護」
つぶやき。閉じられた格子を加護を使って開け、アレンはマリアの居る牢屋の中には足を踏み入れる。
アレンの気配。
それに気づき、マリアはゆっくりと顔をあげる。
涙で崩れたその顔。
そこには、かつて聖女と呼ばれたマリアの面影は欠片もない。
その眼前。
そこに片膝をつき、アレンは声を落とす。
「マリア。俺はお前を許せない」
「……っ」
アレンの言葉。
それに力無く頷く、マリア。
「だけど。俺は」
唇を噛み締め、アレンは強く気持ちを保つ。
"「ぼくは立派な勇者になる」"
そう誓ったあの幼き日。
セシリアの温かな手に頭を撫でられ、【勇者】となる素質を見出されたあの日。
村を旅立ち。仲間と出会い。
勇者として世界を救うと心に決意した、魔王との戦いの前夜。そして、暗転したその日。
だが、今のアレンの心にあるのは【勇者】という名の揺るぎない自覚のみ。
「勇者になる。勇者として、俺は聖女を許す」
人間としてではない。
勇者として、アレンは聖女を許す。
「勇者、さま」
響いたアレンの言葉。
それに、マリアの涙が止まる。
同時に、マリアはアレンの顔をじっと見据える。
曇りなき瞳。
そして、決意に満ちたその表情。
そこにマリアは、勇者を見た。
人のアレンではない。
自らの意思に蓋をし、勇者としての己を自覚せしアレン。
その姿をはっきりと見てしまう。
それに、マリアは悟る。
もう、自分は。
二度と、アレンには許されないだろうと。
勇者ではない。一人の人間には、二度と許されることはないだろうと。
そう、理解ってしまう。
だが、マリアはそれでもよかった。
「はい……はい、勇者様」
二度と戻らぬ人と人との関係。
それを、マリアは何度も何度も頷き受け入れる。
そのマリアに、アレンを手のひらを差し出す。
そして。
「いくぞ、マリア。一人の女としてではなく一人の聖女として、勇者に力を貸してくれ」
そう声を発し、震え差し出された聖女の手を、しっかりと握りしめたのであった。