雷鳴⑦
響く、アレンの嗚咽。
その中にあって、魔王はゆっくりとアレンの元へと歩み寄っていく。
そして、その魔王の姿。
それを、フェンリルは敵意無き眼差しで見据える。
暴食の蛇。
それもまた、敵意を無くしその場でとぐろを巻く。
目の前の光景。それに、どこか悲しげな雰囲気を醸しながら。
アレン。
その名を呼ぶことさえ、魔王は躊躇う。
濡れる、自身の赤髪。
呼応し、魔王は感じた。
雨に混じった、微かな力の気配。
それをはっきりと。
「アレン」
声が響く。
その声の響き。
どこか透き通り、心に染み渡る声音。
降り続ける、雨。
その雨に自らの身を濡らし、悲しき赤光を纏うその者はじっとアレンを見据えていた。
魔王は仰ぎ見る。
声の響いた方向。
そこに向け、己の瞳を向けて。
果たして、そこに居たのはーー
目を伏せる、ガレア。
赤髪に、儚げな瞳。
そこには勇者の心に寄り添う姿がそこにはあった。
「お父様」
父の姿。
それを見据え、ガレアは言葉を紡がんとする。
しかし、それを遮るは魔王の意思。
何も語らず、静かに踵を返す魔王。
それに倣い、魔王に従う巨蛇もまたその姿を霧散させていく。自らの意思。それをもって。
その父の姿。
ガレアはそれに頭を下げ、アレンの元へと駆け寄る。
足を止め、その様を仰ぎ見る魔王。
そして、消えつつある巨蛇に語りかけた。
「お主はどう思う?」
「我のことを」
「仇敵である勇者。それに情を抱いてしまった、この我を」
応えぬ、巨蛇。
しかしその眼差しはどこか優しい。
その巨蛇の頭を撫で、魔王はその場を去る。
漆黒を纏いーー
アレンの背をさする、ガレア。
その様を潤んだ瞳で見据えながら。
〜〜〜
「アレン」
「ねぇ、アレン」
「起きてってば」
「んー」
「あぁ。やっと起きた」
「おはよー、アレン」
木漏れ日。
揺れる枝葉の影に瞼を擦り、アレンは目を開けた。
覗き込む、ソフィの顔。
そして立ったままこちらを仰ぎ見、微笑むセシリア。
「お目覚めかな? アレンくん」
「せ、セシリアさん」
「ん? なに、その顔。なにか悪い夢でも見てたのかな?」
「そ、ソフィ」
「あ、アレン? どうしたの? 今にも泣きそうだよ」
「ふ、二人とも生きてーー」
〜〜〜
起き上がり、アレンは二人に縋ろうとした。
しかし、それは叶わない。
ベッドの上。そこで起き上がり、アレンは胸を抑える。
「はぁ…はぁ…」
滴る涙。
それを拭うことなく、アレンは周囲を見る。
潤んだ視界。
そこに映るのは、朧げな蝋燭の火に照らされた室内。
そして、すぐ側に置かれた椅子の上には小さな寝息を立てるフェアリーの姿があった。
夢。
そう悟り、アレンはソフィとセシリアの最期を何度も思い出す。
痛い。
イタい。
いたい。
しかし、そこに。
ギィと扉が開き、声が響いた。
「アレン。目が、覚めたか?」
「……」
その声の主。
それはガレアと、静かにアレンを見つめるクリスその人だった。
「ごめん、二人とも」
「勝手な真似をして」
涙を拭い、二人に謝罪をするアレン。
しかし二人は柔らかな表情を浮かべるのみ。
ガレアはアレンの側に腰を下ろし、クリスは壁に背を預ける格好で。
そんな二人に対し、アレンは口を開こうとする。
だが、それをクリスは遮った。
「今は休め」
呼応し、ガレアはアレンの肩を優しく抱き寄せたのであった。
〜〜〜
禁忌の加護。
その力が失われつつある、己の身。
それを感じながら、魔王はしかしアレンの代わりに指揮をとっていた。
魔王城。
玉座の間。
そこに、声が響く。
「魔王様。ランスロット……という者をご存知でしょうか?」
「ランスロット。聞いたことのある名だ」
響いた魔物たちの声。
それに魔王は頷き、朧気な記憶を探る。
"「魔王様。雪多き村にて、一人の赤子が生まれたとのことです」"
"「偵察からの報告によれば、名はランスロット。青髪。どうやら、勇者になりうる素質が備わっているとのこと」"
"「如何様に?」"
"「捨ておけ。たかが赤子一人。放っておいて大勢に変わりはない」"
「その者がどうした?」
「それがーー」
「生き返らせることができるかもしれない」
魔物たちの声。
その続きを、マーリンは答えた。
自らのローブ。そこにしがみつく、白髪の少女。
その頭を撫でながら。




