雷鳴⑥
書いてて悲しくなりますが、結末には必要な展開なので堪えて書いています。
吹き抜ける、威圧。
かつて世界をも捕食せんとした、天狼。
その二体の神獣が、アレンの加護に応えその場で遠吠えを轟かせる。
世界が震え、全てのモノが被捕食者に成り下がることを意味する圧倒的な存在。それが、フェンリル。
その遠吠えの中。
「アレン。わたし、生きてイル」
ぎゅっと。アレンに寄り添い、ソフィは声を漏らす。
「これからモ。ずっと、ずっと。アレンの側に。わたしは、イたい」
「……っ」
ソフィの言葉。
それに何度も頷き、アレンは二体のフェンリルに命じようとした。
しかと魔王と暴食を見据え、躊躇いなく声を響かせようとした。
「フェンリル」
「魔王と暴食をーー」
捕食しろ。
刹那。
アレンは感じる。
「アレン。あれん」
自らの身。
ソフィの声と共にそこに感じた、冷たい感触。
その冷たい感触。それは、明らかに生きた人間のソレではなかった。
"「アレンっ」"
あの時感じたソフィの仄かな温かさ。
それを、アレンは感じることができない。
わかっていた。
最初から、そんなことわかっていた。
ソフィは。もう、この世にはーー。
唇を噛み締め、アレンはしかしソフィに思いを寄せる。
「大好きだ、ソフィ。俺は、ソフィのことが大好きだ。いつも、笑顔で。いつも、いつも」
涙で前が見えない。
思いが溢れ、胸が苦しい。
呼吸を乱し、アレンは思いを吐露し続けた。
「セシリアさんも、ソフィも。失いたくなかった。俺の大切な人。みんな、みんな。失いたくない。けど、けど。みんな、俺の前から消えていく。嫌だ、もう嫌だ。俺は、ずっとみんなといっしょに居たかった」
そのアレンの言葉。
そして、様子の変化。
それに、控えるフェンリルたちも敵意を消していく。
「ソフィ。俺は、消えてほしくない。敵としてでもいい。死を愚弄してようと構わない。ソフィ、消えるな。消えないで、くれ」
強く、強く。
冷たいソフィを抱きしめ、アレンは紡ぐ。
心の底から己の思いを言葉として吐き出す。
ソフィは応える。
その身を震わせ、アレンの思いに応えた。
「アレン。わたしモ、だよ。わたしも、アレンのこと。だい、すき。ずっと、いたい。ずっと、ずっと。側に居たいヨ」
〜〜〜
「この亡骸。利用価値がある」
原型を留めぬ、ソフィの亡骸。
それを見下ろし、かの者は呟いた。
「アレンの復讐心。それを増幅させる為の道具。ソレとして今一度、価値を与えよう」
〜〜〜
ソフィの脳内。
そこに蘇る、光景。
「アレン。あれん。わたしは、価値がアル。どうぐ。どうぐとして」
「言うな、ソフィ」
「ごめんなさい。ごめん、アレン。わたしハ、わたしは。また、あれんの心を、きずつけた」
「……っ」
ぎゅっと。アレンはソフィを抱きしめ続けた。
その光景。
それに、魔王の瞳もまた潤む。
そして声をこぼした。
「暴食。改めて命ずる」
魔王の声。
暴食はソレに首を下げる。
「あのモノをーー」
瞬間。
魔王は見た。
ソフィが手のひらを差し出し、二体のフェンリルへと微笑む姿。
それをはっきりと。
そして、アレンは聞いた。
「わたしを、ケして。もう、これ以上。アレンの中のワタシを穢したくない。もう、これ以上。わたしは、アレンを、苦しめたくナイ」
そんなソフィの声をはっきりと。
アレンを利用しろ。
我らの為に。その、お前を思うアレンの心を利用しろ。
そんな内より響く声に抗い、ソフィは震えながらフェンリルへと懇願した。
「わたしをケして」と。懇願し続けた。
"「ソフィっ。ぼくは、なにがあってもソフィを守る」"
互いに頬を赤らめ、手を握り合った幼き夕焼けの日。
それに、ソフィは優しく笑った。
あの頃の温かな気持ち。それを思い出し、優しく優しく微笑んだ。
アレン、あれん。
あの言葉。とても、嬉しかったな。
大好き。だいすきだよ、アレン。
ソフィの思い。
それに応え、フェンリルは大きく口を開ける。
そのフェンリルの瞳。それはどこか悲しげに、ソフィのことを見つめていた。
もしまた、生まれ変わることがあったならーー
アレンから離れる、ソフィ。
そしてこちらに手のひらを伸ばすアレンを見つめ、ソフィは儚げに涙をこぼした。
わたしは。
ずっと、ずっと。
"「じゃっ、わたしはアレンの側にずっと居る。ねっ、いいでしょ? アレン」"
貴方の側で笑っていたい。
「ソフィ!!」
叫ぶ、アレン。
しかしその声がソフィに届くことはなかった。
フェンリルの開かれた口。
そこに飲み込まれ、ソフィは消える。
呼応し、その場に蹲りアレンは慟哭した。
「ソフィッ、そふぃ!!」
そして降り注ぐは、冷たい雨。
染み渡るアレンの嗚咽。それを掻き消すように、雨は次第にその勢いを増していく。
そのアレンの姿。
それに、魔王は天を見上げ呟いた。
「この世界を見下ろす、かの者よ」
「オマエたちはどこまで。勇者に対し残酷な仕打ちをすれば気が済むというのだ?」
そう自らもまたその頬に一筋の涙を伝わせ、強く強く己の唇を噛み締めながら呟いたのであった。
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