雷鳴⑤
アレンの眼差し。
それを受け、魔王は問う。
「人間。なにを、守る?」
漆黒の剣。
その刃先をソフィへと固定する、魔王。
そして更に言葉を続けようとした。
「そのモノはーー」
だが、アレンはそれを遮る。
震えるソフィ。
そのソフィを片手で抱き締め、叫ぶ。
「来るならこいッ、俺は死んでもソフィを守る!! なにを守る。だと? 大切な。俺の大切な人に決まってるだろ!!」
"「アレンっ」"
ソフィの笑顔。
かつて守れなかった、その笑顔。
それを噛み締め、アレンは更に声を響かせる。
「俺は復讐に身を委ねたって構わないッ、闇に染まったって構わない!! 俺の目の前ッ、そこでソフィが涙をこぼしているのなら!! 俺はッ、俺は!!」
握れなかった、大切な人の手のひら。
最期の最後までアレンを信じ、歪んだ人間たちに弄ばれたソフィの記憶。
それに涙をこぼし、アレンは漆黒を振り撒く。
"「アレンくんを復讐の加護なんかに渡さない」"
セシリアの面影。
そして、ソフィを守りたいという思い。
その二つに苛まれる、アレン。
「来い、魔王。ソフィの為なら。俺は、あんたを殺す」
渦巻く負の感情。
そして闇色の加護。
それがアレンを包み、自我を失わせていく。
「ソフィ。俺の、大切な人」
「村のみんな。俺の大切、な」
「セシリアさん。俺は、立派な勇者に」
地に降り、アレンを見据える魔王。
その瞳に宿るは、悲しげな光。
「我の厄災がひとつーー暴食」
押し殺すように魔王は呟く。
呼応し、魔王の背後に収束するは自身の力。
じわりじわりとカタチをなす、魔王の意思。
それは、全てを食す巨蛇の権限化。
真紅の双眸。開かれた巨大な口から滴るは、万物を溶かす闇色の唾液。生え揃った鋭利な漆黒の牙。それに砕けぬモノはない。
闇色の鱗。それに覆われた身。
それはまさしく、全てを食らう暴食の名に相応しい。
その存在を背に従え、魔王は三度声を発した。
「人間」
「そのモノから離れろ」
アレンに縋る、ソフィ。
そしてソフィに縋る、アレン。
その二人を見つめ、魔王は漆黒の剣で空を切る。
「アレン。怖い。わたし、怖いよ」
暴食を従えた、魔王の姿。
それに身を震わせ、ソフィは瞳を潤ませる。
「アレン。あれん」
「大丈夫だ、ソフィ。大丈夫」
強く強く、ソフィを抱き寄せるアレン。
それに、魔王は呟く。
「暴食。我の名をもって命ずる、あのモノを。死を愚弄せしあのモノを喰らえ」
命じられる、魔王の命。
応えるは、暴食の蛇の咆哮。
その咆哮に、アレンもまた力を行使した。
「舐めるナ、この俺を。死を愚弄せしモノ? ソフィは、生きて。生きている」
アレンの言葉。
ソフィはそれに、涙をこぼす。
「生きてる。ワタシは、生きて……イる」
ソフィの声。
それを聞き、一点に魔王を見据えたアレン。
そして。
「ソフィは俺が守る」
魔王の敵意。
それに、アレンは目を見開く。
そしてアレンの双眸に瞬くは、曇りなき漆黒。
発現されるは、加護。
「来い。天狼」
神獣の加護。
それを発現し、アレンは躊躇いなくソレを奮う。
軋む、空間。
世界に轟く、かつて天と地を飲みこみし神獣の咆哮。
アレンの背。
そこに現れる、朧な天狼の姿。
アレンとソフィ。
その二人を自らの眼下に置き、フェンリルは一点に暴食の蛇を見定めた。
金色の双眸。暴食が漆黒ならば己は純白と言わんばかりの体毛。その姿。それはまさしく、神代の獣そのもの。
だが、アレンは止まらない。
額を抑え痛みを堪えながら、更に呟く。
「神獣の加護がふたつ」
呼応し、二体目のフェンリル。
その姿が、一体目のフェンリルの側に現れたのであった。




