雷鳴④
吹き抜ける、風。
それを受け、アレンは周囲を見渡す。
焼け落ちた家屋。そして、至るところに転がる鮮血の付着した剣や槍。
黒い煤の混じった空気。広がる血溜まり。その中にまるでゴミのように折重ねられた亡骸の山。それは、この場所で行われた惨劇を物語るには充分だった。
"「アレンっ」"
ソフィと手を繋ぎ、駆け回った生まれ故郷。
きらきらと輝く太陽の下。
そこで皆、慎ましく生活していた。
決して裕福な村ではなかった。
決して、恵まれた村ではなかった。
しかし、だからこそ皆で助け合い苦労を共にし泣く時も笑う時もみんな一緒だった。
村の中心。
その開けた場所に、アレンは佇む。
そして、空を見つめた。
空は青く、透き通っている。
どこまでも青く。雲一つない。
"「いい天気っ。空が海みたいっ」"
"「海っ。海っ。お魚さんたくさん!!」"
"「アレンっ、見て!! あの雲っ、お魚さんみたい!!」"
"「すごいっ。お魚さんだ!!」"
幼き日。
村の子どもたちと一緒に、瞳を輝かせたあの日。
みんなで小さな身体を寄せ合って、幼き心に思い出を共有し合ったあの日。
「ただいま、みんな」
ちくりと痛む心。
それに応えるかのように、アレンは声を漏らした。
呼応し、アレンの瞳から滴るは涙。
"「アレンっ。また、泣いてるの?」"
"「転んだくらいで泣かないのっ」"
こちらに小さな手のひらを差し伸べ、微笑んだソフィ。
「ソフィ、俺は」
空に浮かぶ、ソフィの笑顔。
それに手を伸ばし、アレンは問いかけようとした。
滴る涙。それを拭うことさえ忘れ、声を響かさんとした。
だが、そこに。
「おかえり、アレン」
聞き覚えのある声。
優しく温かな声。
それが、染み渡る。
目を見開き、アレンは仰ぎ見た。
声の聞こえた方向。
そこへとゆっくりと視線を向ける。
そこには、居た。
あの時と同じーー
アレンが旅立つその日のソフィ。
その姿が、そこにはあった。
「そ、ふぃ」
「アレン」
風に揺れる自身の髪と白のローブ。
それを抑え、ソフィは微笑む。
「生きて。生きて、いたのか?」
「なにを言ってるの? わたしは、シなないよ」
アレンの問いかけ。
それに応えるように、裸の足を前に踏み出すソフィ。
その姿。それに、アレンは瞳を潤ませる。
「ソフィ。ソフィ。俺は、俺は」
「なにも悪くない。アレンは、なにも悪くない。悪いのは、アレンのことを裏切ったアイツらなんだから」
ぐちゃっ
二歩。三歩。
自らの足裏に付着した赤黒い血肉。
それを気にも止めず、ソフィは歩を進める。
「だから、アレン。来て、わたしのところに。アレンは、なにも悪くない。ワタシがアレンを守る。守ってあげるカラ。アレン。あれん。だいすき。大好き」
ソフィの瞳。
その黒に埋もれた双眸から滴るは、赤の雫。
それはさながら血の涙のようにソフィの足元を赤く赤く染めていく。
そんなソフィの姿。
アレンはその元に、ふらつきながら前へ前へと足を進める。
思考を放棄し、その虚な瞳にソフィだけを宿して。
「アレン。あれん。わたし、ワタシは」
こちらに近づく、アレン。
その姿にソフィは手のひらを伸ばす。
"「この娘。あの勇者の幼馴染と聞く。なら、他の者より惨たらしく弄んでやれ」"
アレンの脳内。
そこに流れ込む、ソフィの記憶。
「ごめん、ソフィ。俺は、ソフィを守ってやれなかった。だけど、今度はなにがあっても、ソフィを守ってみせる」
そう言い、アレンの手のひらがソフィの手のひらに触れる。
そして二人は、抱き合い互いに涙を流す。
響く嗚咽。
呼応し、二人の足元が漆黒に侵食されていく。
アレンの心。
そこに広がる、負の感情。
「アレン。あれん」
「ソフィ。そ、ふぃ」
アレンの瞳。
そこから光が消えーー
刹那。
「人間」
響く声。
そして、魔王は現れる。
アレンとソフィを俯瞰する、宙の中。そこに魔王は現れた。
漆黒の剣をその手に握り、厄災をその身に纏いながら。
その気配。
それを感じ、アレンは呟いた。
「俺は、ソフィを守る。ナニがあっても絶対に」
と。その瞳に闇を蠢かせながら。




