魔眼③
「委ねよ、委ねよ」
地の底より轟かんとする声。
それを響かせ、バロールは口元を歪めた。
穿たれた短剣。
それを両手で掴み、己の眼球と共に引き抜くバロール。
滴り落ちる闇。
それを踏み締め、バロールはアレンへとソレを向ける。
短剣に突き刺さった眼球。その眼差しを。
「このように。オマエの大切な存在たちも抉られたやもしれぬな」
「その目を。歪んだ者たちの手により。まぁ、しかし。目だけで済んだかは、わからぬが」
アレンの心。
そこに滲む無数の傷。
それを逆撫でするかのような、バロールの声音。
「ふん。だが、それがあったからこそ。故郷が滅ぼされたからこそ……アレン。お前はその力を発現した。セシリアをも超える、その力。それに目覚めることができた」
「その口をトじろ」
頭を抑え、負の感情に身を委ねゆくアレン。
次々と発現していく加護。
名も知らぬ加護。かつて滅んだ禁忌の加護。それが、アレンを中心に世界を蝕んでいく。
「なればこそ。オマエの大切な存在を全て滅すれば、オマエは更に上の境地に至る。そして、ソレこそーー」
刹那。
「アレンッ、このモノの声に耳を貸すでない!!」
響く、ガレアの心の底からの叫び。
懸命にその身を起こし、アレンへと腕を伸ばすガレア。
その顔に浮かぶは、悲痛な表情。
「お主はセシリアの認めたッ、勇者!! 我の父を討ったセシリアが認めた勇者!! そのようなお主がッ、このようなモノの戯言に踊らされるでない!!」
「が、れあ」
ガレアの声。
それに反応を示す、アレン。
「俺は、オレは。勇者に。ソフィと、セシリアさん。その、その。思いに応えるため。為に」
「そうだッ、お主は真の勇者にーーッ」
しかし、それを遮るバロールの意思。
「やはり、オマエは滅すべき存在。アレンの唯一の心の拠り所にして邪魔モノ」
呟き、バロールはガレアへと空洞となった眼窩を落とす。
そして、容赦なくガレアの頭を砕かんとその足を振り下さんとした。
だが、そこに。
「なにをするつもりだ」
「我の娘に」
懐かしくも厳かな声。
それが響き、バロールの身が見えぬ力で縛られる。
そして、更に響く声。
「時に。我は何故、ここに。かつて勇者に滅せられた我が何故、ここに」
その声。
それにガレアは仰ぎ見た。
目を見開き、その声の主を見つめた。
果たして、そこには佇んでいた。
ガレアと同じ赤髪。
そして、漆黒の双翼を揺らすーー
ガレアが幼き日に見た魔王の姿。
それが確かにそこには佇んでいた。
「おとう、さま」
「ガレア」
「……っ」
潤む、ガレアの瞳。
「お前は知っているか? 何故、我がここに」
だが、魔王は悟る。
空間に満ちる途方もない加護の力。
それに、悟った。
「成程、あのモノが。禁忌を使ったということか」
加護を発現し続ける、アレン。
その闇を広げていく人間の姿に、魔王は頷いた。
禁忌の加護。
それがひとつ、魔王顕現。
それにより、魔王は自らが三度この世界に顕現したことを知る。
「だとすれば。この身は完全ではないということか」
「加護が解かれれば、我は」
自らの存在。
それが朧なモノと認識し、しかし魔王は頷く。
「だが、しばしの時。我は我が娘の為に力を奮える。そして、理解した」
倒れ伏した元勇者。
そして、その他にも倒れ伏した者たち。
その姿を見渡し、魔王は呟く。
「どちらが敵か、考えずとも充分だ」
アレンと、バロール。
その二人を見据え、魔王はバロールへとその敵意を向けたのであった。




