セシリア⑦
「おっ、剣聖さん。どうかしたの? いきなり登場して、わたしに様づけまでしちゃってさ」
声を響かせ、さっと手のひらを自分の後ろに隠すセシリア。
そして、「なになに? もしかして剣の稽古をつけて欲しいの?」 そう言い、セシリアはいつもの笑顔でクリスへと笑いかけた。
そっと、側に佇むスズメに身を寄せながら。
仄かに紅潮した頬。
どこか取り繕ったセシリアの笑顔。
それに、クリスは目を伏せ言葉を紡ぐ。
「かつて世界をお救いになられた貴女様に敬意を示すのは当然のこと」
「いいよっ、そんなの。わたし堅苦しいの嫌いだし」
込み上げる血。
それを飲み込み、その身を微かに震わせるセシリア。
「それにね。わたしはかつて世界を救っただけ。今の世界を救ったわけじゃない。だから、ね。敬意なんて払わないで。わたしも貴方のこと、クリスって呼び捨てにするからさ」
「是非、わたくしからもお願いします。わたしたちに敬意を払わないでくださいませ」
セシリアの弱り掠れゆく声。
それに応えるように、スズメはちいさく頭を下げた。
一筋の涙。
それをぽたりとその目から滴らせながら。
「ありがと、スズメ。わたし、嬉しいな」
「……っ」
「あっ、魔王様。ううん、違った。ガレアでいいかな?」
クリスの側。
そこに佇む、ガレア。
その姿に、セシリアは微笑む。
「アレンくんをお願い。わたし、少し。疲れちゃった」
先の闇。
ガレアの父。
それを討ったセシリアの言葉。
それに、ガレアは反応を示すこと等しない。
己の父の身。
それに剣を突き立てたその存在の言葉を受け入れること等できようはずもーー
刹那。
セシリアの目つき。
それが代わり、声が響く。
「勇者の加護ーー遮断」
ガレアに付与される、セシリアの加護。
そしてそれと同時に、ガレアに向け放たれた"視線"が遮断される。
意識が遠のき、ぐらつくセシリアの身。
だがセシリアはそれを堪え、瞳に真紅を灯す。
それを見つめ、染み渡るは声。
「雷の加護。あの幼き身と比べ、このオレは甘くはないぞーーセシリア」
その声は聞くものに得体の知れぬ畏怖を覚えさせる。
ゆらり。
光景にある影。
それがなびき、ひとつへと収束していく。
そして、そのモノは現れた。
「我が魔眼の加護。これ全ての眼を操る。そして、ここに誓う。この場に居る全ての我らの障害。それをこのオレが始末するということを」
長身の男。
否、ソレに性別などない。
ただその身を闇に包んだそのモノに性別などありはしない。
一斉に、場にいる全てがそのモノを見た。
瞬間。
「魔眼の加護」
短く響いた声。
その余韻が消えぬ間に、そのモノの視界にうつった者たちが気を失いその場に倒れ伏せる。
だが、その中にあって佇む者が三人。
曰く。
かろうじて意識を保った、セシリア。
その身を支え、その存在を見据えるアレン。
そして、そのアレンの側にガレアは立つ。
セシリアから付与された、遮断の加護。
その真紅にその身を委ねながら。
佇む、三人の姿。
それを見つめ、そのモノは声を響かさんとした。
「オモしろい。我が魔眼を受けーー」
瞬間。
「継承の加護」
「アレンくんに。わたしの加護を継承する」
最後の力。
セシリアはそれを使い、アレンへと加護を付与した。
掠れ、弱りきったセシリアの声。
それが響いたのと同時に、アレンの身が漆黒と真紅に包まれる。
そして、アレンの頬に触れるセシリアの温かな手のひら。
"「君、勇者の素質があるよ」"
あの時と同じ、仄かで優しい手のひら。
「がん、ばれっ。おね……さんは。ずっと、アレンくんの」
味方。
そう言ったように、アレンには見えた。
アレンはセシリアの身をそっと、地に置く。
そして、アレンは呟いた。
「神速の加護」
刹那。
漆黒と真紅。
それに彩られた、加護。
それがアレンを包み、「創造の加護」その手に握られるは聖剣。漆黒と真紅を纏う、聖剣そのもの。
そして、アレンは駆けた。
その存在に向け、風さえも置き去りにして。




