セシリア⑥
「アレンくん」
「セシリア、さん」
かつて勇者だった者。
そして、勇者になろうとした者。
その二人は互いに名を呟き、剣を振る。
セシリアは真紅に包まれた聖剣を。そして、アレンは漆黒に包まれた聖剣を。
セシリアの仲間たち。
その三人も、アレンに向け力を奮おうとーー
だが、そこに。
「負けるなッ、アレン!!」
「そうだッ、そうだ!! 貴方様こそが此度の勇者なのだから!!」
「世界を治めるまでッ、我らを導いてくだされ!!」
「いい機会だッ、ここで元勇者をアレン様に討ってもらおう!!」
「そうだッ、それがいい!!」
響く、フェアリーを中心にしたアレンを励ます声。
そして、その魔物たちの陰。そこに隠れ、マーリンもまたアレンに向け、応援の眼差しを向けていた。
そのマーリンに、側に控えてきたヴァルキリーは問いかける。
「マーリン」
「な、なに?」
「何故、貴女までアレン様の応援を?」
「それは、その。あの元勇者がアレンに比べて怖いから。ただ、それだけ」
それ以上、マーリンは言葉を発さない。
しかし、その表情は確かにアレンを応援していた。
その声と雰囲気。
それに、アレンの闇が微かに和らぐ。
そして、セシリアはそれを感じ敢えて叫ぶ。
「なッ、なんてたくさんの味方がいるの!? 復讐を誓ったアレンくんにッ、こんなにたくさんの味方がいるはずなんてないのに!!」
怖気付く演技。
それをし、後退るセシリア。
セシリアの演技。
魔物たちは、それに益々盛り上がっていく。
「アレン様ッ、今が好機!!」
「セシリアはもはや戦意喪失!! 攻め立てるならッ、今!!」
「くっ、くそ!! この忌々しい加護の結界さえなけりゃ俺たちも加勢するってのに!!」
セシリアの遮断の加護。
その外から悔しげに声を響かせる、魔物たち。
それに、セシリアは応える。
小さく笑いーー
「すごい勢い。これじゃわたしの加護がもたない」
そう呟き、自らの遮断の加護を解除するセシリア。
瞬間。
雪崩れ込む、魔物たち。
そして、魔物たちはアレンを先頭に居並びセシリアを威圧する。
「セシリアッ、これであんたも終わりだ!!」
「潔く敗北を認めろ!!」
「そうすれば。そうだな……アレン様とガレア様の部下として使ってやらんこともない」
その光景。
それに、セシリアはアレンへと声をかけた。
「アレンくん。見て」
自らの創造の加護によりつくった剣。
それを消し、セシリアはアレンに微笑む。
「アレンくんには、たくさんの仲間がいるじゃない。すごいな。かつての私でさえ、そんなにたくさんの仲間は居なかった」
「……」
「勇者の素質がひとつ。人望。それがアレンくんには備わっている。わたしなんかよりすごい、人望。それがね……こほんっ」
口元を抑え、咳払いをするセシリア。
そうやって響いた、セシリアの声。
その真意を悟り、セシリアの仲間たちもまた矛を収めていく。そして、セシリアの側に佇みアレンに向け笑顔を向けた。
「アレンさん。貴方様は貴方様なりの勇者になってくださいませ。わたくしたちはそれを、応援いたしますので」
「うむ。次の勇者はアレン殿にと確定しているですからな」
「まっ、アレン。とりあえず、仲間たちは大切にしろよ」
呼応し、アレンの纏う漆黒が次第に小さくなりーー
その時。
アレンは見た。
スズメの瞳。
そこに宿る、悲しげな灯火を。
そしてその手が優しく、セシリアの背を撫でるのをはっきりと。
それに気づき、しかしセシリアは笑みを崩さない。
「頑張れっ、アレンくん。お姉さんはいつも、アレンくんの味方だから。こほんっこほんっ」
再び口元を抑え、咳払いをするセシリア。
その姿。
アレンはそれに違和感を覚え、声を響かせようとした。
「セシリアーー」
さん?
だがそれをセシリアは目で制し、踵を返す。
そして、口元を抑えた己の手のひらを見つめ、呟いた。
「ねぇ、スズメ」
「……っ」
涙を堪える、スズメ。
「それに、ブライ。ゼウス」
瞳を潤ませる、ブライ。
唇を噛み締める、ゼウス。
それにセシリアもまた涙を堪え、続けた。
「最後に少しはできたかな?」
「アレンくんに……勇者らしいことを」
自らの吐血。
それに真っ赤に染まった手のひら。
それを震わせ、セシリアは仲間たちに微笑む。
「しました。セシリアさんは、しましたわ」
「そっか。ありがと、スズメ。やっぱり、ダメだったね。あんなにたくさんの加護。それを、加減なく使っちゃったことが」
痛々しい咳。
それを響かせ、アレンに悟られまいと足早にその場から立ち去ろうとするセシリアと仲間たち。
だが、そのセシリアたちの前に佇む二人の姿。
曰く。
「セシリア様」
「……」
寂しげにセシリアの名を呟くクリスと、同じく悲しげに目を伏せるガレア。
その二人がそこには佇んでいた。




