セシリア⑤
響いた、セシリアの声。
それにアレンはセシリアを見据え答える。
漆黒に身を任せ、己の胸を抑えながら淡々と。
「ごめんなさい、セシリアさん。俺はセシリアさんのような、真の勇者になれなかった。復讐を誓ったあの日。その時から、既に俺は本物の勇者じゃなかった」
本当の勇者なら。
どんなことがあっても、復讐なんて誓うことなどない。
負の感情に押しつぶされること等、奴等を根絶やしにするという衝動等抱いてはならなかった。
セシリアの真紅の加護。
それに包まれた遮断の中。
そこに、充満していくアレンの闇色の加護。
しかし、その中にあってセシリアは決してアレンを卑下しない。
あの頃の微笑み。それを浮かべ、アレンに寄り添うセシリア。
「わたしはとても幸運だった。仲間に恵まれ。先代の王様もとってもいい人。道ゆくみんながわたしを祝福してくれて……そんな幸せしか知らず。ただ普通に成長できたわたしは、本当に幸せだった。でも、アレンくんは」
「ソフィに会いたい。故郷のみんなに会いたい。ガルーダ、勝手に敵に突っ込むな。マリア、治癒を頼む。リリス。魔力を節約してくれ」
虚な瞳。
それをもって壊れた人形のように、アレンは声を漏らしていく。
それは、最終決戦前夜に至るその日までアレンが抱いていた思い。勇者としての楽しかった思い出や、記憶の奔流。
復讐を誓う前の、勇者だった頃の自分の思いそのもの。
揺らめく、闇。
それにアレンの髪もまた揺れる。
まるでそれは、アレンの心のゆらめきを現しているかのよう。
そのアレンの姿。
セシリアは、それに決意を固める。
滴り落ちそうになった自分の涙。
それを自らの指を拭いーー
「来て、アレンくん。お姉さん、死んでもアレンくんの闇を祓ってみせるから」
意思のこもった声を響かせた、セシリア。
「復讐の加護。そんな加護に、アレンくんは渡さない。アレンくんはわたしが認めた、たった一人の勇者なんだから」
「セシリア、さん」
紡がれる、アレンの言葉。
しかしそこに、アレンの意思はない。
「俺は、まだ。本物の勇者に、なれるんですか?」
「なれる」
「セシリア、さんのような。ツヨくてかっこいい、そんな。そんな。真の勇者になれ、ますか?」
「なれる」
アレンの途切れ途切れな問いかけ。
それに、はっきりと答えていくセシリア。
呼応し、セシリアは己の加護の密度をあげていく。
後先など、ない。己の身がどうなろうと知ったことではない。
そんな思い。それをその胸中で呟きながら。
そして、セシリアの仲間たちもまた覚悟を決め態勢を整えていく。
「わたしたちはかつて世界を救った者たち」
「そして、これから世界を救う勇者様を導き支える者」
「てなわけで、アレン。全力で止めさせてもらう」
セシリアの加護。
それをその身に受け、先の魔王と対峙した時の姿をもってアレンを見据える面々。
濃くなる、アレンの闇。
そして響く、アレンの意思なき声。
「セシリア、さん」
アレンを中心にし、広がる闇。
それに、周囲で様子を伺っていた残りの雷獣たちは疾走していく。
アレンに向けて。
嬉々とした咆哮。それを響かせて。
そのモノたちにアレンは視線を巡らせる。
そして、呟いた。
「存在の加護。解除」
瞬時に世界から存在を抹消される、雷獣たち。
倣い深淵となる、アレンの闇。
それはセシリアの先の言葉通り、アレンの心を更に暗く冷たいモノにしていく。
"「加護を使う度、強くなっていく度、加護に目覚める度。アレンくんは蝕まれていってる。負の感情。それが、増幅されてるの」"
その言葉通りに。




