はじまり
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人の裏切り。そして、人の本質。
それを知り勇者〈アレン〉は、涙を流した。
「マリア。勇者なんて捨てて俺についてこいよ」
「いけません。わたくしは勇者に仕える身。なにがあってもこの身を穢すわけには参りません」
「本心はどうなんだ? 今、あのお人好し勇者様はこの宿屋には居ねぇ。装備の点検だとかなんとかで鍛冶屋に出向いているからな。本音を話してみろよ」
「本音? なにを仰っているのですか? わたくしは常に本音を」
「知ってるぜ、俺は」
「な、なにをですか?」
「あんた。勇者が寝た後、パーティーメンバーたちと勇者の愚痴を言ってるだろ? 聞こえてくるんだよ。下の階に居てもな」
にやける、宿屋の主。
それにマリアは、声を詰まらせる。
「やれ、あの勇者は自分のことばかりだとか。やれ、わたしたちのことはなにも考えて居ないだとか。挙句、いっそのことパーティーを抜けてやろうかしら……とか言ってたじゃねぇか」
「……っ」
「今更言いのがれなんてできねぇぞ」
「言いのがれなんていたしません。だって、それはほんとのことですもの。あんな、男。わたくしは一度たりとも勇者と認めた覚えはありませんもの」
今まで聞いたことのない、マリアの声。
それにアレンの心は苦しくなる。
痛い。
ココが痛い。
胸を抑え、アレンはその場に膝をつく。
"「ねぇ、勇者様。この戦いが終わったらわたしたち結婚しようね?」"
マリア。
蘇る、マリアの花のような笑顔。
「約束。やくそくしたよな? マリア。この戦いが終わったら、終わったら」
「まっ、魔王を倒せばあの勇者とも縁を切りますわ。当たり前ですわよね? あんななにひとつ魅力がない男のそばに居たところで得られるモノはなにもないのですから」
「言うねぇ。ならあのお人良しが世界を救ったら、どうだ? 俺と結婚しねぇか?」
「結婚? まっ、お付き合いからなら結構ですわ。見たところ……えぇ、あの勇者よりお顔が整っていますし」
「……っ」
俺は一体なんの為にここまで頑張ってきたんだ。
平和な世界の為?
人々の笑顔の為?
誰もが幸せに暮らせる世界の為?
オレは一体なんの為に?
頭を抱え、自問するアレン。
しかしそのアレンの心を更に抉る、声。
「あぁ、そういえば」
「……っ」
「勇者様のパーティーに背のちっちゃな魔法使いと腹筋の割れた女剣士が居たよな?」
やめろ。
やめてくれ。
「あの二人も勇者を見限り、俺の宿屋に尽くすって言ってくれたぜ。全く。同時にめちゃくちゃ可愛い女が三人も手に入るとは……ラッキーにもほどがあるな。 まぁ、これもーー」
「あの勇者のおかげですわ」
「そう。あのお人好しの勇者様(笑)がこの宿屋を利用してくれたおかげだな」
刹那。
アレンの双眸。
そこに宿る、ドス黒い感情。
あぁ、そうか。
"「人間という存在は守るに値しない種族。勇者よ、お主はいつになればそれに気づくのだ?」"
かつて交わした女魔王との言葉。
夢の中。
そこでは女魔王のたぶらかしだと一蹴し、相手にもしなかった。
だが、今となっては。
ふらりと立ち上がり、アレンはその場を後にする。
行き先は魔王城。
交渉相手は、女魔王。
きっと奴等はこう言うだろう。
「勇者様ッ、何故魔王に寝返るのですか!?」
「なにかあったのですか?」
と。
んなこと、もうどうでもいい。
人の醜さ。
それがお前たちのおかげで理解することができたからな。
あぁ、吐き気がする。
俺もまたてめぇらと同じ人間だということに。
そして、宿屋の扉からアレンが外に出ようとした時。
声が再び響く。
「あぁ、そういえば!! ひとつ面白いことを教えてやる。 勇者様の生まれ故郷あったよな!?」
「えぇ」
「あそこは既に王命により壊滅らしいぜ。 なぜかって? あのお人好しが魔王を討伐した後に帰る場所を無くす為。それに絶望し自ら命を絶ってくれたら世界は真の平和を得られるとかなんとか。 まっ、あのお人好し勇者と闇の勢力だけが知らねぇことだと思うが」
アレンの頬。
そこをつたう涙。
「力を持つ者はいずれ争いの種になるとかなんとか。王はそう言ったらしい」
「たッ、確かにそうですわ」
「最後の最後まであの村の連中ッ、勇者の名前を呼んでたらしいな!! ぶっ。 笑えるな」
「笑えますわね。あの勇者は魔王を倒した後、たった一人。滑稽ですわね。うふふふ」
静かに、アレンは宿屋を後にした。
痛む胸を抑え、漆黒のオーラをその心に宿して。
勇者は勇者ではない。
俺はこれより--
世界に仇なす悪魔になる。
ガレア。
待っていてくれ。
共に世界を闇に染めようじゃないか。