王子、あなた方のための日ではありません。迷惑です
周囲の唖然とした表情が目に入った。
きっとわたくしも同じ表情をしているのだろう。
「……フランク殿下。申し訳ございませんが、もう一度おっしゃっていただけますか?」
信じられない気持ちで言葉を絞りだしたわたくしを見て、目の前の男は苛立ちを隠しもせずに言った。
「貴様とは婚約破棄だといっているんだ!」
まさかと思って、でも、さすがにそんなと思い直して、聞き直してみたら。
そのまさかが事実で失望した。
――昔はこんな人ではなかったのに
フランク殿下との婚約は、わたくしが生まれてすぐの頃から決まっていた。
ずっと、将来は彼と結婚するんだよと教えられて育った。
愛はなかったけれど友情をきずいていけると思っていたし、実際に良い関係をきずけていたと思う。
それが変わりはじめたのは、学園に入学してから。
フランク殿下のそばに、特定の女子生徒が常に侍るようになったのだ。
そのことについて何度も諫言を申し上げたけれど、聞き入れてはもらえず、次第に疎まれるようになった。
そして、今日この日、学園の卒業パーティーにて。
特定の女子生徒と他三名をともなって現れたフランク殿下が「イサドラ・ゴールズワージー、貴様との婚約を破棄する!」と宣言して、冒頭にいたる。
「貴様のような女にはもう耐えられぬ! 貴様の悪事の数々について、アイナが泣きながら語ってくれたのだぞ!」
フランク殿下がまた何か言っているが頭に入ってこない。
(どうしよう……)
「キミ、アイナから涙の訴えを聞かされたフランク殿下の気持ち、わかる? 婚約者に恥かかせるなんて、コルドワーズ公爵家では娘にどういう教育をしてるんだろうね」
今日のパーティーは、卒業生たちの門出を祝うためのもの。
在校生は見送る側だ。
それは殿下たちもわかっているはず。
(それが、こんなことをするなんて……。卒業生の皆さんになんて言ったらいいの……)
「嫉妬から嫌がらせか……醜いな」
敬愛する先輩方の良き日に泥をぬるわけにはいかない。
殿下たちを早急になんとかしなくては。
(退出を促しても、素直に聞き入れてくださるかしら……。強制連行する? でもそうすると、微妙な空気になるわよね……)
「聞いているのか、貴――
「フランク殿下。何をやってるんですか」
「キャロル?!」
(いっそのこと、殿下たちの筋書きにのって、この場は『余興』を提供すべき? いや、でも……)
ぐるぐると考え込んでいるうちに、早く、早くなんとかしなくては……という焦りや、先輩方に対する申し訳なさ、そもそもどうしてわたくしがこんな目に合わなければならないの! という怒りなど――いろいろな感情が浮かんできて、こみ上げてくる涙を必死にこらえた。
「今そこの悪女を断罪しているのだ! 邪魔を――
――もう、本当に、どうしてくれよう
一人泣きそうになっていると、人が近づいてくる気配がして、声をかけられた。
「即刻おやめください。そもそも、その件について生徒会で調べても、証拠は一切あがってこなかったでしょう」
「そんなもの、公爵家の権力でもみ消し
「即 刻 お や め く だ さ い」
びっくりして声がしたほうを見ると、隣にわたくしの友人ローザ様がいた。
ローザ様は、大丈夫よ、というように微笑んで、わたくしの扇子を持っているほうの手をポンポンと優しくたたくと、視線を前へ向ける。
わたくしも彼女の視線をおって前を向くと、彼女の夫であるキャロル様が殿下たちと対峙しているのが見えた。
フランク殿下と一緒になって、わたくしを家ごと非難していたオクリーヴ公爵令息のバーナビー様が、なぜか倒れている。
殿下とその隣の女子生徒、言葉少なに非難していたレイバン伯爵令息は顔色が悪い。
わたくしが考え込んでいる間に何があったのだろう?
「もう一度進言します。即刻おやめください。そして速やかにあるべき場所にお戻りください」
青筋を立てるキャロル様に、周囲の人間が真っ青になって沈黙しているなか、フランク殿下の隣から少し焦ったような声があがった。
「ちょ、ちょっと、キャロルってばぁ~。なんでそんなに怒って――
「私の名をなれなれしく呼ぶな、気安く話しかけるなと何度言わせる? アイナ・バート一年」
アイナ・バートという名らしい女子生徒の発言をバッサリ切り捨てたキャロル様。
視線すらよこさない彼の怒りに、彼女は小さく悲鳴をこぼして後ずさりした。
「……お、おいっ……! キャロ……ぁ……」
レイバン伯爵令息が勢いよく話かけたが、キャロル様が一瞬チラッと視線をやっただけで、すごすごと引き下がった。
「キャ、キャロル、お前はわかっていないのだ! あの悪魔のような女を、これ以上野放しにしていたら、我が国のためにならないと――」
キャロル様の視線をずっと受け続けているフランク殿下は、しどろもどろになりながらも、往生際悪く辺りを見回し、何かを見つけてハッとした顔になった。
「ジェフリー! お前もそう思うだろう!?」
フランク殿下に声をかけられたジェフリー様は、殿下の近くに常にひかえている護衛騎士で……そういえば、先程から一度もお声を聞いていない。
「殿下、自分の職務はあくまでも護衛です。貴方様をお諫めする立場は頂戴しておりません故、何を申し上げることもできません」
そう告げるジェフリー様の顔は、いつもどおり無表情で……いや、こころなしか殿下たちに向ける視線が冷たいような気がする。
それを見て察した。
『お諌めする』ことが前提(と考える側の人間)なんだな、と。
「な……、な……」
フランク殿下は口をパクパクさせながら、赤くなったり青くなったりしている。
おそらく、自分の味方をしてくれると思っていたのにあてが外れて、なんで庇ってくれないんだよ!?、と怒りたいけれど、キャロル様が怖くて口がきけないのだと思われる。
そんな殿下の様子に、キャロル様は海より深いため息を吐いた。
ここまでの流れを見るに、キャロル様はこの件を『なかったこと』にしたかったのだと思う。
それは、卒業パーティーの最中だから手っ取り早く片付けたかった――というのもあるだろうけれど、一番の理由は、殿下の側近だからだと思う。
でも、もう、無理だ。
フランク殿下はキャロル様の進言を足蹴にしたんだもの。
キャロル様は、もう殿下を庇うことはできないし、それは――
――それは、わたくしも同じだ
これほど大勢の者がいる、公の場で、侮辱された時点で『なかったこと』にできる段階は過ぎている。
ローザ様を見ると、わたくしのしようとしていることを後押ししてくれるように、うなずいてくれた。
「キャロル様」
キャロル様に声をかけると、わたくしの意図を察したのか、下がってくれた。
ずっと寄り添ってくれていたローザ様が、わたくしから離れてキャロル様のもとに向かうのを視界におさめながら、わたくしは一歩前へ出てフランク王子と向き合う。
何かを察したのか、挙動不審になっているフランク王子たちを見ながら、口を開く。
「フランク王子、アイナ・バート、バーナビー殿、レイバン伯爵令息。
今宵の席が誰のためのものか、お忘れですか?」
アイナ・バートがこちらを睨みつけてくるが、余計な口を挟ませぬうちに続ける。
「学園の記念すべき卒業パーティー。
卒業生にとって、在校生との最後の思い出づくりの場です。
……我らが学園は出自不問であるがゆえに、生涯最後の交流となる者も多くいるでしょう」
この国の学園は、自由を求める民たちに学びの場を授けるために創られたもの。
創立元年こそ、民たちの手本となるべく率先して通いはじめた貴族の令息令嬢が、生徒の多くをしめていたが、今では国内すべての学園において、平民出身者が8割を超えている。
学園をはじめ数々の制度で身分制度がゆるくなっているとはいえ、身分差はまだまだあるし、なによりここは王都の学園。国内で唯一、高等科が存在するため、国中から成績優秀者が集ってきているのだ。
身分差と出身地。
この片方もしくは両方の理由で、卒業したら会えない――文字通り『生涯最後の交流』となってしまうであろう者がいるのだ。
わたくしの『生涯最後の交流』発言で泣きだす者もいて、胸が痛む。
「決して、あなた方のための日ではありません。あなた方の行いは迷惑行為です」
キッパリ、ハッキリ、言い切る。
「婚約破棄の件については、後日、話し合いの場を設けます。
ですから退場してください、いますぐに」
しばらく納得できない様子でモゴモゴしていたが、口調が荒くなったわたくしに気圧され、キャロル様の無言の威圧に怯え、観念したように項垂れた。
その後、微妙な空気のなか、卒業パーティーを再開した。
ローザ様をはじめとして一部の卒業生が手を貸してくださり、なんとか立て直して、終わる頃には皆笑顔で寮に戻っていった。
翌日、早朝から、在校生たち皆で寮から校門まで花のアーチをつくり、学園から旅立ってゆく卒業生たちを見送った。
……学園を出ていくローザ様の後ろ姿を見て、なぜか泣いてしまった……。わたくしとローザ様は同じ高位貴族で、学園を卒業したからといって会えなくなるわけでもないのに……。
こうして、別れの季節が過ぎ去っていった。
あ、フランク王子たちのことを忘れていた……。
フランク王子とバーナビー殿とは、後日話し合いをした。
わたくしとフランク王子の婚約は、もちろんあちら有責で破棄となった。
一昔前だと、王族の婚約を勝手に破棄だなんて極刑でもおかしくないところだけれど、最近は『人権』というものを尊重するようになったため、極刑を含む一部の刑罰は廃止になりつつある。
それにフランク王子はまだ学園在学中の身。つまり未成年。
そのため、フランク王子は王位継承権の剥奪と、わたくしに対する婚約破棄の慰謝料、公衆の面前での侮辱行為の慰謝料、卒業パーティーをあやうく壊しかけたことに関する各方面への迷惑料の支払いで許された。
バーナビー殿も似たようなものだ。
わたくしの姉様と婚約していたがあちら有責で破棄、慰謝料を請求した。
こちらの家を侮辱していたのだから当然だ。
卒業パーティー妨害に関する各方面への迷惑料の支払いも科せられた。
いまは、自身に甘い祖父母にとりなしを頼んだりして、オクリーヴ公爵を余計に怒らせているとか……。
アイナ・バート、レイバン伯爵令息に関してはよく知らない。
卒業パーティー妨害に関する迷惑料の支払いを彼らもしているはずだ。
もうこの4人には関わりたくない。
<登場人物紹介>
・イサドラ・ゴールズワージー
主人公。
コルドワーズ公爵家の次女。
見た目のせいで、文武両道・才色兼備な完璧美女を連想されがちだが、本人は抜けてて、わりとポンコツである。
・フランク・コリングウッド
主人公イサドラの婚約者。同学年。
コリングウッド王国の第一王子。
側室の第一子だったが、育てたのは正妃。
□正妃
元ヒドイン。
元侯爵令嬢(養女)。
国王に見初められて、舞い上がっちゃった人。
結婚するまではライバル蹴落としたし、順風満帆、まさにこの世の春! って感じだったのに、3年たっても子供ができなくて……な辺りから、雲行きが怪しくなってきた。
侯爵家には嫁ぐときに養女になったため、もともとは子爵家の出身。
□側室
元悪役にされた令嬢。正妃に育児とられた。
小国の元王女。
婚約中に浮気されたうえ一方的に婚約破棄されたが、国同士の力関係はこちらが完全に上なため、泣き寝入り。
ショックでひきこもっていたら復縁コールがきて、周囲が諌めるのも聞かずに飛んでった。
婚約時代から国王にずーっと片想い中。
今回のことで正妃に愛想がつきた国王と、いい感じになる。
ちなみに国王の好きなところは、顔。
・ロザリンド・ノーサム・ヘースティングス
主人公イサドラの友人。愛称ローザ。先輩であり卒業生。
ヘイズティンク侯爵家の嫡男夫人。元ノーサム侯爵令嬢。
結婚は学園の卒業後にするのが一般的だが、当時死期が近づいていた彼女の祖父ノーサム前侯爵(現在故人)の「死ぬ前に孫娘の花嫁姿が見たい」という望みで、結婚を早めた。
・キャロル・ヘースティングス
主人公イサドラの友人ローザの夫。先輩。
ヘイズティンク侯爵家の嫡男。
妻とともに一般課程を修了したあと、彼は卒業せず、高等科に進んだ。
フランク王子たちにブチギレたのは、最愛の妻の卒業パーティーでやらかしたからであって、側近だから云々は関係ない。
・アイナ・バート
主人公イサドラの婚約者フランクの浮気相手。後輩。
バート村(超田舎)出身の平民。
もともとは辺境の地から、大きな町に出てきてそこの学園に通っていたが、成績優秀者だったため、王都の学園に通えるようになった。
特待生ということで学費免除されていたが、今回の件と、王子と関わるようになってから成績が落ちていたこともあって、特待生枠から外された。
当然、学費を自力で払うことになったのだが、払えず退学した。
いまは、慰謝料や迷惑料を支払うため、グレーゾーンなお仕事をしている。
・バーナビー・オクリーヴ
主人公イサドラの姉の婚約者。同学年。
オクリーヴ公爵家の次男。
義兄予定者(姉の婚約者)&もともと高位貴族同士で交流があり、名前呼び。
彼がイサドラを家ごと非難していたのは、祖父同士が仲悪く(父親同士は仲良いほう)、彼は祖父母に気に入られて、甘やかされて育ったから。
・セロン・ハストン
後輩。
レイバン伯爵家の令息。
理数系が優秀で、高等科に進学が決まっていたが、取り消された。
慰謝料などは伯爵家が肩代わりし、学園卒業して働き出したら返済することになっている。
・ジェフリー・ボルネオ
第一王子付き護衛騎士。学外(年上)。
ボーネ伯爵家の令息。
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