立ち位置を間違えてはいけません2
「今度は一人二役するぞー」
「これだと、声は吹き替えが必要っすね」
「だなー。で、配役、どうする?」
「女装リクエストで多いっすのは」
「そんなリクエストあるのか?」
「あるっす」
「これが弄ってほしい役者リストっす、これが幽霊役をやらせてほしいリストっす、これが悪役にしてほしいリストっす、これがカップルにしてほしい男役リストっす」
(カップリングは男と女だよな?)
「△△△さんと□□□□くんとか、○○○○○くんと△□□△さんとか、色々っす」
「…」
存外、立ち位置というものは難しい
あちらを立てれば、こちらが立たず
あちらに付けば、こちらに睨まれ
こちらに付けば、あちらに恨まれる
どちらにも付かなかったら付かなかったで
どっちなの? と責められる
「マーリナ・ワタマカ、お前との婚約を破棄する」
あらら~、やっちまったよ。あれほど散々止めろと言ったのに。
俺は天を仰ぎたくなった。
ここは、王宮内にある大広間。
現在、国王様主催の舞踏会が開催中。
広間の最奥、王座の真ん前で″ソレ″をやらかした。
所謂、婚約破棄っていうもん?
それが始まってしまった。
起こしたのはこの国の第二王子、テリー殿下。
金髪碧眼で長身細マッチョの超イケメン。性格も二重丸だったのはすでに過去のこと。
テリー殿下と腕を絡ませているのは侯爵家の庶子で二年前まで平民だったファリア嬢。
ブルネットの髪に垂れ目のピンクの瞳、小柄で儚げな感じがあり、常に庇護欲を誘う見た目をしている。恋人にしたい女性のトップに今年なった人。
その後ろには、この国の最高司祭の息子であるアロ、テリー殿下の従兄弟で公爵令息であるスマス、騎士団副長で息子であるツデル、財務長官の息子である俺、ケルン。
アロは銀髪、紫の瞳のイケメンで、聖職者の息子らしい誰にでも慈悲深い奴だった。
スマスは金髪、青い瞳のイケメンで、冷静沈着な奴。物言いはズバッとしていて、言葉の刃をブンブン投げるタイプ。氷の令息と言われてて、それは今でも健在だ。
ツデルは、栗髪、茶色の瞳の超マッチョイケメン。もちろん、脳筋! 単純だから、信じたものを疑うことをしない。ある意味、一番厄介なタイプ。
俺、ケルンは青い髪と瞳でこの中で一番背が低い。平和主義のつもりなんだけど、八方美人でヘラヘラしてるとよく言われる。争うの嫌いなだけなんだけどな。背が低くで女顔だから可愛いと女性たちからチョー人気の俺。目指してるのと違うけどモテているからまっいいか♪
で、この一団の向かい側には、テリー殿下の婚約者であるワタマカ公爵令嬢マーリナ様。
マーリナ様の右隣には、俺の双子の妹でスマスの婚約者でもあるカルア。左隣にはツデルの婚約者である伯爵令嬢のニア嬢。
マーリナ様は、淡い金髪の翡翠の瞳、ほんとに美女の中の美女という感じのチョー美人。容姿・能力共に妻にしたい女性のトップを毎年独走している。
カルアは、俺にそっくりな顔をして背も同じくらい。けど、男の可愛いが女の可愛いにならないんだよなー。性格も男勝りで中性的な美女(?)として同性に大人気。男どもには可愛いげがないと敬遠されている。体型がツルペタ…とは思うのは男どもの共通の認識だ。
ニア嬢はおっとり美人。栗色の髪に茶色の瞳、ほんのちょっとぽっちゃりとした体型。体型も性格も癒し系で妻にしたい女性の二位をキープしている。
テリー殿下が必死にファリア嬢を虐めていたとマーリナ様たちを追及してるけど、証拠ないのに大丈夫かな? 証言も第三者じゃなくて、ファリア嬢だけのものだけだし。
やっぱ証拠・証人求めるよなー。だから、ちゃんと調べようと言ったのに。俺の言うことなんか無視だったよなー。
じゃあ、俺、場所移動していい? 中立希望なんで。そもそも揉め事嫌いだし、関わりたくもない。
そろりそろりと足を動かしたけど、動きを封じられてしまっていた。
「マーリナ様、ひどい」
ファリア嬢、涙目になってないでまともなこと言わなきゃ。
「ケルン、お前も言ってやれ! 見ていたんだろ」
テリー殿下、俺にふらないで! 関わりたくないんだからさー。まあ、スマスに回せないのは分かるけどー。スマスの奴、眉間の皴が定規で計れそうなくらいになってるし。
「えっ? 俺、こんな場所で婚約破棄なんてやめようって言ったよね?」
あっ! 言っちゃった…。
ギッと前方から絶対零度の視線がくる!
ゲッ! まだ喋っちゃ駄目だった。後で絶対殺される。どうやって逃げよう?
俺を逃がさないようにしていた人が隣で呆れたため息を吐いていた。
「ケルン?」
訝しげに聞いてくるテリー殿下。
振り向いてケルンを見るファリア嬢。
ファリア嬢の視線から隠すようにケルンの前に立つスマス。
「全く、あと少しだったのに…」
スマスが残念そうに息を吐く。
今までうまくやっていただろうが! 最後の最後で失敗したからって…。まあ、最後だからピシッときめたかったのはあるけどさー。
「ほんと。ケルンは最後の最後で…」
そう言って、はあと息を吐いたのはスマスに庇われたケルン。
「お、お前は、カルア!」
テリー殿下が後ろにいたケルンを指差して叫んだ。
はい、正解です。殿下の後ろにいるのがカルアです。そして、マーリナ様にドレスの裾を踏まれて逃げられないようにされている俺がケルン。
「お前たち、いつから入れ替わって」
俺に喋るなとスマスから冷たい一瞥が来る。
喋らないから着替えに行っていいかな? 特に舞踏会用のドレスって重たくて苦しくて動きにくくって今すぐ脱ぎたいんだけど。
「いつからって、前から、ですわ」
ニッコリ笑って、カルアがスマスと並び立つ。スマスが腕をくの字に曲げるとカルアはスッとその腕に手をかける。
この二人はラブラブだ。ファリア嬢がどれだけスマスに粉をかけても指一本、いや髪の毛一本も靡かなかった。それどころか、ファリア嬢がカルアの名を出す度に眉間の皴を深くしていた。
「先程、カルアがファリア嬢を階段から突き落としたという話があったが…」
スマスの言葉にピクっとファリア嬢の体が跳ねる。
「勢いあまってバランスを崩し、カルアまで階段から落ち足首を捻った、と」
スマスの言葉にカルアが足首を左右順番にクルクル回して見せる。
「私、捻っていませんわ」
カルアは困ったように微笑んだ。
バッとテリー殿下たちが俺を見る。
マーリナ様がそっと俺のドレスの裾を少し持ち上げる。右足首に巻かれた包帯が露にされる。
「ケルン、お前がファリアを突き落としたのか!」
テリー殿下の言葉に俺は首をブンブンと横に振る。
誰がそんなことするか!
「ケルン」
やっとスマスからお許しが出た。
「ファリア嬢が階段を踏み外したんですよ。慌てて手を伸ばして庇ったんですけど…」
あれは二日前のこと。いつも通りカルアと入れ替わって、次の授業のために階段を昇っていた。
そこに階段を降りてきたファリア嬢とバッタリ会ってしまった。擦れ違った時、ファリア嬢の体がバランスを崩したから慌てて手を伸ばして助けようとしたんだけど、慣れないドレスと擦れ違いやすいように端に寄りすぎていたことでバランスが崩れて俺も落ちてしまった。
ファリア嬢は俺が身を呈して無傷の筈なのに何故か手首を捻ったことになっている。
「わざと踏み外したのではないのかしら」
「ああ、カルアなら側で誰か落ちそうになっていたら助けようとして手を伸ばすだろう。その姿は噂を信じる者なら、カルアが突き落としたように見えただろうな」
スマスが吐き捨てるように言った。
噂とは、マーリナ様やカルア、ニア嬢がファリア嬢を元平民と虐げているというものだ。
「いやいや、ファリア嬢はちょっとドジなところがあるから、ほんとに踏み外したんだろう」
「だとしても、駆け寄った私たちにお前に突き落とされたと証言したのだぞ」
俺が穏便に済まそうとしてるのにスマスが元に戻してしまう。
確かに、ね。あれはショックだったなー。背中も打って痛みで悶えている時に俺に突き落とされたと聞こえてきた時は…。
けどね、止めようよ、公衆の面前で晒し者にするのは。今後の人生もあるんだからさー。
「あ、れは…、あの、ときは、こ、こんらんしていて…」
ほら、ファリア嬢もそう言ってるし。
そういうことにしとこうよ。
「ファリア嬢の鞄がカルア嬢に池に投げ込まれた件は?」
アロ、余計なこと言うなよ。それにそんなこと俺もカルアもしていない。
「あれもわざとよ」
カルアが胸をはってはっきりと言う。
言い切るのはやめようよ、違うかもしれないんだからさー。
「わざとカルアに変装したケルンの横を通り、鞄の留め具を外して池に落としたのよ」
留め具も偶然だったんじゃない? 鞄も何かの拍子で落としただけでさー。
「ケルンだった? じゃあ、ファリアが嫌がらせをされたと言ってきた時はケルンがカルア嬢になっていた?」
ツデル、妙な時だけ察しがいいな。
そうだよ、最近の出来事、勝手にファリア嬢が横で転けて泣き出した時も、食堂で目の前で食器を落とした時も、水を被った時も、全て俺がカルアに化けていた時だったなー。
あまりの確率の高さに思わず遠目をしてしまう。
「当たり前だ。ファリア嬢が仕掛けてきたことでカルアに何か遇ったら大変だ。ケルンの時しか私の気が抜けないだろう」
スマス、それどういう意味だよ。
「カルアは守りたいが、ケルンを守る気など私にはない!」
スマス、俺、そのカルアに化けているんだけど…。
「まあ、ケルンと入れ替わっている時に出来た隙を狙って色々やらかしてくれたから、証拠を集めるのが楽になったがな」
ちょっと待て! スマス、俺を囮にしてたってこと!
「カルアがファリアにしていた嫌がらせは、カルアに化けたケルンがしていたということか!」
テリー殿下、俺がそんなことするように見える?
ファリア嬢しか信じなくなったテリー殿下だけど、極悪人みたいに言われると傷つくなー。
「テリー殿下、ケルンがそんなことをするように見えますか」
カルアの低い声にテリー殿下が後退る。
「だ、だが、ケルンがカルア嬢と入れ替わっていた時にしか…」
「入れ替わっていた時にしか、ファリア嬢が仕掛けられなかった、ということだ」
スマスがズバッとテリー殿下の言葉を切り捨てる。
「スマス、たまたま偶然が重なって…」
「あんなに偶然が続くか? 鞄の件もわざわざ池側を通ったからだろ。ファリア嬢にあの時あの場所を通る必要などなかった。」
はい、そうでした。すいません。
正論にシュンとするしかない。
「本当に面白かったですわ」
マーリナ様とニア嬢が微笑み合っている。周りの男どもがほぉと息を吐いている。さすが妻にしたい女性のツートップ。
「ケルン様がカルアのお姿の時だけ、ファリア様があからさまに絡まれて」
「はい、マーリナ様。ケルン様がケルン様のお姿の時はしおらしくすごく傷つかれた顔をされて、その態度の違いが可笑しすぎて」
そうだったの? 毎回、こう訳の分かんないことで絡まれてカルアも大変だなーと思っていたんだけど、俺がカルアになっている時だけだったの?
「お前たちは知っていたのか」
テリー殿下の問いにマーリナ様もニア嬢もふわりと笑って頷いた。男どもがまた吐息を漏らす。
その二人が俺をうまくカバーしてくれたから、カルアと入れ替わることが出来ていたんだけど。俺になっているカルアにはスマスが付き添っていた。カルアが俺に化けているのがバレないように付き添っていたんだと思っていたが、俺に化けたカルアをファリア嬢から守るためだったみたいだ。
「で、ケルン、どうだった?」
スマス、ここでそれを聞く?
公衆の面前だよ。将来のある若者の未来をつぶしちゃあいけないと思うんだけどなー。
「ケ・ル・ン」
「私が言うわ、スマス」
スマスの威圧に後退った俺を見て、カルアが助けてくれる。
「まず、可笑しかったですわ」
カルア、テリー殿下たちが意味が分からんって顔してるぞ。
「私に意地悪されたとケルンに化けたカルアに訴えてくる時があって。それもケルンがしそうにないことばかり」
確かに…、カルアから聞いたのも身に覚えのないものが多かったなー。
なんであれをそんなふうにとるの? 毎回ショックでけっこう傷ついていたんだよなー。
「例えば、その階段から落ちた件。ケルンには声を出さないように言ってありましたの。バレてしまいますから。けれど、ファリア様は『生意気よ』と突き落とされたと言われましたわ」
そんなこと言ってたんだ。妄想でも酷いな。俺、一緒に落ちてまで助けようとしたんだよ。
俺の視線を感じたファリア嬢は震える瞳でこっちを見たけど、視線は合わせてくれない。
「鞄が池に落ちた話も、カルアが鞄の留め具を外して『必要ないでしょ』と言って池にほおり投げた、でした? ケルンも私もファリア嬢には関わらないようにしてますの。ファリア嬢の持ち物など触る気も起こりませんわ」
ねっ、ケルン。と俺に振ってきたけど…。
「えー、俺、ファリア嬢、忘れ物多くて、よく届けに行くぞ」
「つまり、ケルンがファリア嬢の私物は壊し放題ということだ。
テリー殿下、ケルンに私物を壊されたと聞いたことは?」
スマスの問いにテリー殿下は首を横に振る。
当たり前だ。人の物を壊す趣味はないから。
「ファリア嬢は幼い頃から苦労してるから、ちょっと(?)だけ被害妄想が強いんだよ」
早く終わらせたくて俺はそう言ってみる。
「ケルンさま…」
ファリア嬢、潤んだ目で見てないで今のうちに勘違いだったと謝ってこの場を去る。今ならまだ怒られるだけですむと思うから。
「やってないことを捏造されて犯人にしたてられたのに、それを被害妄想で片付けられたくありませんわ」
カルア、怒るのは分かるけど穏便にいこうよ。
それに俺は思っていても妄想だと言ってないぞ。
「けどさー、やってないともいえないだろ。転ばすのなんか、ドレスに隠れて足の動きなんて分からないし」
「ツデル、俺には無理。ドレスを着て歩いている時に人に足を引っ掻けるなんて神業、そんなことしたら俺が転ぶ」
俺はドレスのスカートを引っ張りながら出来ないと訴える。
ほんとに結構な重量なんだぞ、このドレスっていう衣装は。で、とっても歩きにくい。裾が足に纏わりつくし、すぐに裾を踏みそうになって転けそうになる。化けてるのが分からないように歩くのだけで精一杯なんだよ!
「ケルンがいつも困っていた。カルアに化けていた時に起こった出来事を次の日にケルンに泣きついてきて、その内容があまりにも違い過ぎることに」
スマスがそう説明してくれるけど、脳筋のツデルは…。
「虐めはやる方は自覚がないからな」
「俺が虐めをするような人間に見えるのか!」
俺はツデルに詰め寄ろうとして、ドレスの裾で躓いた。
うわわぁ、転ぶ、こんな所で転んでしまう。
「「ケルン様!」」
マーリナ様とニア嬢が慌てて支えてくれる。
セーフ、転ばなくてすんだ。
マーリナ様、ニア嬢、ありがとうございます。
「ケルン様は慣れないドレス姿でゆっくりとしか動けないのですわ」
「ニア様の仰る通りです。そこにファリア嬢が絡んでくるのです。素早く動けないから、カルア様のようにファリア嬢を避けることが出来なかったのです」
二人の言葉にふーんと興味なさそうにツデルは聞いている。
あいつにもドレスを着させてやる。令嬢らしく、いや、ドレスを着て歩くのがどれだけ大変か分からせてやる!
「間抜けよね。カルアにやられたと言って、その時カルアに化けていたケルンに訴えているのですもの」
カルア、穏便に。穏便にいこうよ
ファリア嬢は縋るようにテリー殿下の服を掴んでいる。
テリー殿下が守るように抱き寄せているけど、退出したほうがいいと思うよ。
「わ、わたしは、ほんとうに、いじめられて…」
ファリア嬢、まだそれを言うの?
「では、ファリア嬢、確固たるその証拠、もしくは証人を示せ」
スマス、そう追い詰めなくても。それに場所移す気ない? 晒し者みたいで居心地悪いんだけど
「スマス、場所を…」
「ケルン、この場を選んだのはテリー殿下とファリア嬢よ。私たちだけ悪人として晒されるのは可笑しいわ」
カルア、怒るのは分かるけどさー。
俺もドレス、いい加減着替えたい。
「で、では、スマス! マーリナたちが無実だという証拠は出せるのだろうな!」
テリー殿下…。
アロもツデルも鼻息荒くして『そうだ』と言っているけど…。
「テリー殿下、婚約者の私に影がついているのはご存知ですわね」
マーリナ様がニッコリ微笑まれてテリー殿下に確認を取られている。
マーリナ様、男どもは色めき立っているけど、俺はその笑み、むっちゃ怖いんですけど。鳥肌立ったよ。
「あっ! 王家直属のが…」
テリー殿下、確認した? その影たちに。
顔色が悪いからしてないんだろうなー。
「陛下にお願いして、確認していただきましたわ。ファリア様の証言と影たちの報告が一致しているかどうか」
マーリナ様がこれだけ堂々としているということは…、マーリナ様が不利となるような証言は無かったんだろうなー。
「マーリナ様がめいじ…」
「ファリア、やめろ」
テリー殿下がファリア嬢の発言を止めている。王家直属の影を使えるのは国王陛下のみ。マーリナ様がどうこう出来るわけない。それを疑うということは…、怖いことになるからやめておこう。
「ケルンがカルアに化ける時、家の影をつけてあった」
スマス、それ本当?
「ケルンとファリア嬢、影からの報告にはそれぞれ齟齬がある」
うん、当たり前。
ファリア嬢は虐められたと言っているし、俺はそうじゃないと。で、影は? 影はどんな報告をしたんだろう?
「ファリアの証言が一番正しい。後のが間違っている。」
テリー殿下たちは顔を歪ませて喜んでいる。ファリア嬢もホッとした表情になっていた。
ねぇ、それ、本気で思ってる? 俺がファリア嬢を虐めていたって…。
「先程から話題になっている階段からファリア嬢とカルアに化けたケルンが落ちた話だが…、ファリア嬢は『突き落とされた』、ケルンは『ファリア嬢が階段を踏み外した』、影は…」
スマスは話を一旦切った。
聞いている者たちは耳を澄まして続きを待っている、
「影の報告では、『ファリア嬢は通りやすいように階段の端に寄ったケルンに近づき悲鳴を上げてから自ら階段から落ちた』とあった。」
ざわめきが広がっていく。
「つまりファリア嬢はケルンがワザワザ避けたのに近づき、先に悲鳴を上げ人の注意を引き付けてから自分から階段から落ちた」
「嘘だ! それこそ虚偽の報告だろ!」
テリー殿下が叫んでいるけど、賛同しているのはアロとツデルだけ。あれ? アロの態度が…、迷ってる?
「私についている影からの報告も同じでしたわ。それ以前に私はケルン様がそんなことをされるような方ではないと知っていますし、信じています」
マーリナ様の言葉にニア嬢も頷いている。
マーリナ様、ニア嬢、信じて下さって嬉しいでーす!
「他のこともファリア嬢は『虐められた』・『嫌がらせを受けた』、ケルンは『偶然』・『たまたま』・『運が悪くて』、影は『意図して』・『装って』・『そう見えるように』となっている」
「出鱈目だ!」
「どれが?」
「ファリア以外の証言がだ」
「テリー様」
テリー殿下の言い切った言葉にファリア嬢は嬉しそうに頬を染め、ツデルが『そうだ』と力強く頷いている。
アロは顔色を悪くしながら、俺を見た。その瞳は不安そうに揺れている。
「ぼ、ぼくはケルンを、し、しんじたい」
アロの小さな呟きは俺の耳にも届いた。
俺がファリア嬢を虐めていなかったと信じてくれる? 嬉しい。
「何を言うんだ、アロ!」
「だって、マーリナ様付きの影もスマスが付けた影もファリア嬢が嘘をついていると言っているんだよ」
「アロ、正しいのはファリア嬢だ」
焦りのあるテリー殿下の声と対照的に迷いなくファリア嬢が正しいと言い切るツデル。これだから、脳筋は。
「ファリア嬢の言葉を信じたらケルンがファリア嬢を虐めていたことになって、影の報告を信じたらファリア嬢が僕たちを騙したことになる。ケルンの証言だけなんだ! ファリア嬢が悪くなくて僕たちを騙してないって言っているのは!」
アロの言葉にテリー殿下は固まってしまって、ツデルは戯れ言と鼻で笑ってる。
うん、けど、俺の意見でもファリア嬢の言動は問題有りになるけどな。
「ツデルは、本当にケルンがそんなこと出来ると思えるの?」
アロの言葉にツデルがうっと言葉に詰まっていたが、反論を口にする。
「ケルンの姿じゃあ虐められないから、カルアに化けてしてたんだろ!」
なんでそうなるんだよ。俺、カルアを悪者にする気なんかないぞ。それにほんのちょっとそう思っただけで俺の命が相当ヤバいんだけど。俺、まだ死にたくない。
「俺たちだけでもファリア嬢を信じてやらなきゃ」
ツデル…。
ファリア嬢が目を見開いて破顔微笑してるけど、テリー殿下とアロが尊敬の眼差しで見てるけど、ツデル、キリリと胸を張って格好つけているけど…、それ…、全然格好よくないから。
「あなた方だけ信じるということは、ファリア様が嘘をついていたということでいいかしら?」
カルア、テリー殿下たち、今浸っている最中だから…、もう少し浸らせてやろうよ。現実を見ないのはあと少しなんだから。
「ち、ちがう! 正しいのはファリア嬢だ!」
ツデル…。もう無理だよ。いい加減にしてくれないと、ドレス脱げないじゃないか。
「テリー殿下、アロ、ツデル、もう分かっただろ」
もう諦めてくれよ。そう思って声をかけた。
俺の声にツデルは首をブンブンと横に振っている。
それ、辛くない?
「ケルン様は、私を信じてくれないのですか?」
ファリア嬢、目をウルウルさせて見られても…。
ごめんね、もう俺ではどうにも出来ないトコまできちゃったから。
「信じるって…、そもそもあなたとケルンと言っていること違うでしょ」
カルア、呆れるのは分かるけど、そんな怒った冷たい声で言わなくても。
「まったくだ。ケルンが助けようとしていたのにそれを無視したのはお前だ」
スマス、お人好しって誰のことだよ!
「ほんとうにケルン様のご苦労が無駄になりましたわ」
マーリナ様、そう言ってくれるんですかー。
けど、庇われると男どもの嫉妬まみれの視線が突き刺さっていたいんですけど…。
「そうですわね。テリー殿下たちと私たちの間で板挟みで辛いお立場でいらしたのに」
ニア嬢、そうです。
テリー殿下にはマーリナ嬢たちを庇うのか! と責められ、スマスとカルアからは冷たい目で見られ、居たたまれなかった。
けど、庇われると…、以下同文。
「マーリナ嬢に付いている王家の影、私がケルンに付けた影、各自についている侍女や護衛、その者たちの証言はほぼ一致している。それでもファリア嬢が正しいと言うのか?」
スマスの言葉に「そうだ!」と胸を張って答えてるけど…、ツデル…、現実を見られない只のバカと宣言しているだけだからね。俺って格好いいと思っていそうだけど、微塵も格好よくなんかないからね。
「アロ様も…。ケルンの言葉を信じるのが遅すぎますわ。ファリア様が私たちを嵌めようとしていたことがもう明白になっていますから」
カルアの言葉に真っ青な顔色のアロが俯いた。
うん、王家の影の証言が出る前に俺の言葉を信じてくれていたら…。それなりの処罰はあるだろうけど、今からよりはずっとかマシだったはず…。
それより…、おれ、もうげんかい…、なんですけど…。
「茶番はようやく終わったかい?」
耐えきれなくなって崩れそうになった体を誰かが支えてくれる。マーリナ様やニア嬢じゃない、俺の体をしっかり支えられる力を持つ男性だということは痛みでぼんやりした頭でも分かった。それもかなり鍛え上げられた体をしている、騎士だろうか?
「兄上!」
「「「王太子殿下」」」
「「「ケルン」様」」
えっ、あにうえ? おう、たいし、でんか?
霞がかかり始めた頭がハッキリとする。自分で立たないと。
「足を痛めた者を慣れない格好で長時間立たすとは…」
呆れた声が頭の上から聞こえる。
すいません、もう右足に力が入らなくて…。
「別室に移動するぞ」
えっ、ちょっと、待って!
慌てて踏ん張ろうとしたけど蚤の抵抗だったみたいで、あっという間に足が宙を浮く。こ、これは、い、わゆる、おひめさまだっこ、というもでは!?
「で、でんか…」
「暴れると落としてしまうよ」
黄色い声があちらこちらから聞こえる。俺も悲鳴をあげたい!
男が男にお姫様抱っこなんて…、な、泣きたい。
「見掛けは可愛い令嬢だからね」
嫌なのはお互い我慢だよ。そう小さく呟くよりも肩を貸していただくだけで良かったです。それもお付きの方か騎士の方に。そうしないのは俺に対する嫌がらせだ、きっと。俺が誘われてもテリー殿下の側を選んだから。結局、テリー殿下の側にいても役に立てなかったけど。
テリー殿下たちとスマス、マーリナ様とニア嬢は違う別室に連れていかれ、俺とカルアは医師にキツイお灸を据えられた。
俺は限界まで我慢するなと、カルアは怪我人に無理をさすなと。
テリー殿下とマーリナ嬢、ツデルとニア嬢の婚約は男性側の瑕疵で解消された。テリー殿下は王位継承権を剥奪され伯爵に臣籍降下、ツデルは貴族籍を抜かれ下級兵からのやり直し、アロは一般神官として辺境の神殿に飛ばされた。
ファリア嬢は…、ファリア嬢は最後まで無罪を主張、嫌がらせを受けていた、虐められていたと訴えたらしい。どれだけ証拠をあげられても変わらなかった、と。結局、貴族籍を剥奪され罪人の印を額に刻まれて国外に追放された。罪人の印は世界共通で火傷で消そうが皮膚を剥ぎ取ろうがどんなことをしても額に浮かび上がってくる。どの国にたどり着いてもその印が有る限り罪人として扱われる。とても厳しい罰だ。行いが良いと印が薄くなると云われているから、そうなるようにファリア嬢が生きてくれたらと願う。
スマスとカルアは盛大な結婚式をあげた。今は新婚ホヤホヤで自分達の世界を作りあげている。胸焼けしそうな空間を作っているから近寄りたくない。
俺は…というとちょっと困った状態になっている。
「マーリナ様が正妻、私は第二夫人で」
「ニア様が正妻で、私が第二夫人がいいですわ」
屋敷の応接室でニコヤカに二人の美女が話をしている。
「「ケルン様は、どちらがよろしいですか?」」
二人とも聖母のような微笑みで聞いてくるけど…。俺、冷や汗が止まらないんですけど…。
「つ、つまはひ、ひぃ!」
一人でいいなんて怖くて言えない。誰か、助けて!!
「△△△△さん、ファンレターっす」
『女装、すっごく可愛かったです。次はチャイナドレスで。♂』
『カルアちゃん、恋人にしたーい。是非、候補に立候補させてください。♂』
『こ、こ、んどは、ぜひドレスが破れる役で。♂』
『ドレス、贈ります。サイズ教えてください。♂』
「全部、男からじゃないか~!!」
野太い悲鳴が響き渡った。
「こっちが女の子からの手紙っす」
『け、化粧品、どこの使ってます? 是非教えてください。♀』
『女の敵!♀』
『是非、お姉さまと呼ばせて下さい。♀』
『今度は□□□□くんと男役で恋人役、お願いします。♀』
「二度と女装なんかするか!
それから俺はノーマルだ!!」
長くなってしまったので、前・中・後にと考えましたが、上手く切ることが出来ずダラダラとなってしまいました。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。m(__)m