9,ただいまー。
──美弥の視点──
美弥は葉島小夜の虚無を、《闇黒の爪》で切り裂いていった。
小夜が後退し、苛立たしそうに言う。
「虚無を切り裂くなど、物理法則に反する!」
「あいにく、あたしの《闇黒の爪》に切り裂けないものはないのよ」
「だが貴様はイコライザーと違って、虚無に飲み込まれたらお終いだろう。消えて無くなれ!」
美弥の足元から、虚無が出現。大きな布のように広がって、美弥を飲みこもうとする。
瞬間──美弥は超高速で跳んで逃げ、屋上の縁に着地した。
「猫娘の敏捷性を舐めないでよね」
ちらっと下を見ると、ゾンビ女が生首にされていた。いまにも佐伯楓がこの生首を破壊しそうだ。
さすがの死体女王も、頭部を破壊されたら蘇生できない。
(兄貴の『はじめての女』だし、スルーできないのが面倒よね)
美弥は屋上から飛び降り、このまえ覚えたばかりの《宙蹴》を発動。
空中を蹴って、加速。
着地とともに佐伯楓の手から生首を奪い取り、さらに猫娘の敏捷性で距離を取る。
「おやおや、こんどは妹ちゃんか」
「こんばんは、人肉喰いの変態」
美弥は周囲へと素早く視線をやる。兄の姿がない。プランはどこまで進んでいるのだろう。
「妹ちゃん、イコライザーくんを探しているのかなぁ? 残念ながらイコくんはいまごろ、お月様だよ。月面着陸の最年少記録を更新したねぇ」
「はぁ? 月面ですって?」
美弥は夜空にかかる月を、ちらっと見やった。まともとは思えない。
だが万が一、佐伯楓が真実を言っていた場合どうなるか。
(兄貴は確か、小指の先端を自宅に置いてきたはず。だから《自爆》すれば、地球と月の距離とか関係なく完全再生できるけど)
「そうそう。イコくんの《自爆》も封じてあるからね。ほら、完全再生するためには肉体の消滅が条件でしょ? それができないということは──キミのお兄さん、詰んじゃったね~」
勝ち誇る佐伯楓を見ていると、美弥は自然と笑えてきた。
美弥が笑い出すので、佐伯楓は不満そうだ。
「敗北確定と分かって、頭が変になったのかな?」
「佐伯楓。あんたは兄貴のことが分かってないわね。
あたしたち兄妹は、親の借金とかで不幸な子供時代を過ごしたと言えなくもない。ただその一方で、兄貴のここぞというときの悪運の強さは異常よ。
たとえば人間だったころに、こんなことがあったわね。
あるとき兄貴はバイト面接のため、バスに乗ろうと急いでいた。ところがなぜかマンホールの蓋が開いていて、兄貴は落っこちた。足は挫くし、バスに乗り遅れて面接には間に合わないしで、踏んだり蹴ったり。
ところが兄貴が乗るはずだったバスは大事故を起こし、乗客は全員死んだ。もしもマンホールに落ちていなかったら、兄貴も事故で死んでいたわけ。
兄貴の人生、この手の話がゴロゴロしているわよ」
「はいはい、お兄ちゃん自慢はもういいかな? マンホールにいくら落ちても、月面からの帰還は不可能だからね。じゃ、キミはもう死んでおこうか」
佐伯楓の右手に、栓抜きが出現した。
あれが《神殺し》だろう。一ひねりで心臓が引きずり出される。
美弥は、佐伯楓から距離を取ったことを後悔した。
この間合いを駆け抜け、一ひねりされる前にその右手を斬り落とすしかないが。
(間に合わないかも──)
刹那。
校庭に、巨大コウモリと機械鮫が墜落してきた。
「はぁ?」
佐伯楓にも予想外なことだったらしく、動作が遅れる。
美弥はこの好機を逃さずダッシュ。
《闇黒の爪》で、佐伯楓の右手を斬り落とす。ついでに《神殺し》も奪っておく。
改めて佐伯楓から距離を取って、《神殺し》を見せた。
「このアイテム、いただいておくわよ」
佐伯楓は小首をかしげて、
「アイテム? 違うんだなぁ~」
再生した右手を伸ばすと、そこには《神殺し》が出現。同時に美弥の手元から消えていた。
「イコ君の《地獄神》と同じで、ボクの《神殺し》も召喚獣。ボクにしか使えないし、ボクのもとにこうして戻ってくるのだよ」
美弥は舌打ちした。
「あんた、ムカつく」
佐伯楓は褒められたように微笑んだ。
「よく言われるよ。じゃ今度こそ、心臓ひきずり出されて惨めに死んでおこうか、妹ちゃ~ん」
ふいに美弥は気づいた。夜空を何かが飛翔してくる。
その正体に気づいて、笑みがこぼれた。
「遅かったわね」
★★★
──主人公の視点──
上空から校庭に戻ってみると──
なぜか、美弥と楓さんが対峙していた。
あと小梨くんが機械鮫と格闘している。この機械鮫はどこから来たのかな?
とにかく間に合ったようだ。
「じゃララさん、急降下して~」
「き、急降下するの? が、頑張るけども」
先ほど自宅で完全再生したのち、僕はララさんを呼んだ。非常事態ということで、こんどこそ地上に出てきてもらったのです。
そしてこの校庭まで、ララさんに飛んで運んでもらったわけ。
小梨くんと比較すると──速さはララさんが勝る、けど運ばれ心地なら小梨くんに軍配が上がるかな。
ララさんが急降下していく。
さてタイミングを見計らって、
「いいよ離して!」
ララさんが僕の肩を離す。
僕はそのまま落下していき──
楓さんの上に落ちた。
「ただいまー」
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