8,アンデッドには、噛みつかねばならない時がある。
──カナの視点──
「ゾンビ女! アイツはあたしの獲物なんだから、邪魔しないでよ!」
そう言って、美弥が葉島小夜へと突撃する。
それを見守りながら、カナは嘆いていた。
(いつになったら、美弥さんは名前で呼んでくれるのでしょうか?)
ふいにマイク付きイヤホンから、小梨の切迫した声がする。
[ヤバいぞ、潮崎さん! 南波の野郎が──消えやがった!]
小梨の役割は、上空から校舎とその付近を俯瞰すること。
校庭に降りた知樹と早苗の様子も、小梨は見守っていたのだが。
「祐一さん、落ち着いてください。知樹さんが《自爆》したのではないのですか?」
[いや、そうじゃねぇ。佐伯に何かをやられたようだ。くそ。それに東浦さんも敵に捕まっちまった。いまオレが助けに行く!]
「え? 待ってください、持ち場から離れては──」
上空を見上げると、急降下してくる巨大コウモリの姿があった。小梨だ。
そんな小梨に向かって、軍用ヘリが飛んで行く。
(ただの軍用ヘリでしたら、祐一さんが勝ちます──よね?)
カナの期待に反して、軍用ヘリが変化していく。どういうわけか空飛ぶ鮫となった。材質は軍用ヘリのままなので、機械鮫か。
そして小梨に激突。
校庭上空で、機械鮫と巨大コウモリによる異種格闘戦が始まる。
(……そちらはお願いしますね、祐一さん)
小梨と機械鮫が戦っている間は、両陣営とも上空からの支援はなくなったわけだ。
また美弥と葉島の戦いは、へたに手出しすると邪魔になりそう。
そこでカナは、早苗の救出に乗り出すことにした。
屋上の縁から、校庭の様子を確認。たしかに知樹の姿はない。そして早苗は、別の影女によって串刺しにされている。
(知樹さんがいないと、もう敗戦確定なのでは? ですが、いまは行動するしかないですよね!)
カナは〈猟犬野郎〉ゾンビに飛び乗り、〈灼熱の蹂躙者〉ゾンビを従えて降下。
敵の影女に向かって、〈灼熱の蹂躙者〉に《絶炎》を噴かせる。
この隙に《影槍》を抜いて、早苗を助ける。
「早苗さん、大丈夫ですか? さ、この猟犬に乗ってください」
早苗がハッとした様子で、カナの背後を指さす。
「佳奈さん、後ろ!」
「え?」
敵の影女は、《絶炎》で焼き殺されていた。またもう一人の男も、やはり焼死している。
さすが元Sランクだけあって、〈灼熱の蹂躙者〉の力は絶大。
しかし、【四徳家】の当主には通用しないようだ。
佐伯楓は《絶炎》の炎を纏ったまま、歩いてくる。
「影使いの女はともかく、甲山くんまで殺してくれちゃって。《媒介》というスキルはレアなんだぞ。
ま、イコライザー君にかけた《スキル封じ》が、これで解除されるわけではないからいいけどねぇ。甲山くんは媒介したに過ぎず、実際の発動者は避難済みだし」
すでに佐伯楓の皮膚は溶けて、肉も焼け落ちはじめていた。
ところが一瞬で炎が消える。《絶炎》の炎は消えるはずがないのに。
そして佐伯楓が復活している。火傷ひとつ負っていない完全な姿で。
「〈死体女王〉。直接会うのは、はじめましてだねぇ」
「えっと。はじめまして、潮崎佳奈と申します」
「〈灼熱の蹂躙者〉までゾンビ化して使役するとか、キミもかなりのチートキャラだよ。上位ランクの最上級国民は通常、噛まれてもゾンビ化しないのがダンジョン・ルールだからねぇ。
どうやら人間からモンスターになったキミは、ルールを逸脱しているようだ」
カナとしては、初耳な話だ。
しかし、それならば──【四徳家】だってゾンビ化できるのでは?
カナは早苗の耳元で言った。
「わたしが動いたら、早苗さんは《影跳躍》で離脱してください」
「え、佳奈さんはどうするの?」
「佐伯楓に噛みついて、ゾンビ化してみせます」
「そ、そんな無茶だよ。相手は【四徳家】当主だよ」
「無茶でも無謀でも、やらなくちゃダメなのです。アンデッドには、噛みつかなきゃいけない時があるのです! いまです、早苗さん!」
早苗が《影跳躍》で近くの影へと飛び込む。
それを見届けながら、カナは楓めがけて走る。
楓は右手を差し出すように伸ばしてきて、
「おや、来るの〈死体女王〉? いいよ、試してみなよ?」
カナはあえて差し出された右手は無視して、楓の頸へと噛みついた。脳に近いので、よりゾンビ化が確実だ。
「……………………」
「うーん。ボクはいまゾンビになりそうで、なりそうで──ならないんだなぁこれが」
楓の鋭い手刀が、カナの首を易々と刎ねた。それからカナの髪の毛をつかんで、自分の目線まで生首を持ち上げる。
「無駄な噛みつきだったねぇ、バカなゾンビ。このまま頭部を破壊して殺してあげるよ」
生首になりながらも、カナは見た。
《影跳躍》の早苗が、楓の影の中へと滑り込むのを。楓は気づいていない。
少なくともこれで、楓の注意を引きつける使命はまっとうできたようだ。
ホッとしたところで、カナは渾身の死んだフリをした。白目を剥いて、舌をだらりと垂らすのがコツである。
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