1,佐伯楓、嫌がらせされる。
──佐伯楓の視点──
誰しもが一度は経験すること──
それは、お気に入りのものが消えてなくなること。
ある夕刻、佐伯楓は精肉店『オイシイ堂』に向かった。今夜は人肉シチューだよ、と張り切りながら。すでに肉以外の具材は購入済みだ。
ところが──ところが店がない。建物はあるが、店内が空っぽだ。3代目店長の姿もないし、人肉たちを入れていた檻もすべて撤去されている。
「うーん。引越しした?」
楓は秘書に電話して、確認を取らせた。この時はまだ、そこまで深刻に考えていなかった。
まさか老舗の精肉店が攻撃を受けていたとは、夢にも思わず。
しばらくして秘書から、とんでもない情報が来る。
〔楓さま。『オイシイ堂』は特別高等警察によって摘発されたようです〕
「特高に? どうしてなんで? ボクのお肉どーした?」
〔人肉販売の違法性が問われたようで〕
「人肉が違法なのは、今に始まったことじゃないでしょうがぁ~」
違法だろうと、美味しく食べたい最上級国民がいる以上、人肉は提供されるべきなのだ。
ところが、いまさら特高が動くなんて。
誰かが裏で糸を引いているに違いない。
だとすると、自分への嫌がらせかもしれない。楓は、どちらかといえば被害妄想の気質があった。
(うーん。ボクが人肉好きと知って、誰かが人肉専門の精肉店を攻撃させているのだ。佐伯家に喧嘩を売るとは~ボクの夕飯をどうしてくれる~)
人肉なら別ルートでも手に入る。しかし『オイシイ堂』ほどに良い素材は仕入れていないだろう。『オイシイ堂』の肉たちは、すべて健康的で栄養に満ちていた。それほどの肉だったのに。
「まったまった。3代目は?」
〔半日前、死体で発見されています。一般警察の公式見解では、物取りによる犯行と〕
(うげっ。ボクの3代目が殺された!)
3代目の人肉を見る目は確かだった。『オイシイ堂』の伝統を受け継いでいたのに。
「ボクは断固として許さんぞ!」
★★★
──主人公の視点──
スーパーで夕飯の食材を買っていたら、楓さんに呼びかけられた。
「やぁやぁイコライザー君。偶然だねぇ」
「えー。偶然性の欠片もないと思いますよ」
「なんでそう思うのかな?」
「だってお姉さんの家は、このスーパーの近くじゃないでしょう? そして、このスーパーは僕の自宅の近所にある。どう考えても、僕に会いたかったようで」
「ふむふむ。キミんところは、今夜のメニューは?」
「ビーフシチューです……楓さんも食べますか? ご馳走しますよ?」
社交辞令で聞いてみたら、なんか食いついてきた。
「本当に? じゃ遠慮なく~。実はさ、お腹ぺこぺこなんだぁ。いまごろ人肉シチューを食べていたはずだったんだけどねぇ」
「はぁ人肉」
人肉って、モンスターでも食べる者は少ないんだけどね。この人、変態かな。
というか、本気でウチに来る気かな。遠慮ってものを知らないのかな。
「で、なんの用ですか?」
「キミのウチで、ご相伴にあずかりながら話すよー」
「……」
まだ美弥は入院中なので、誰もいない自宅に帰る。テキパキと料理している間、楓さんはリビングでテレビを見ていた。
「できましたよ」
ようやく夕食に入ったので、本題に入ってもらおう。ビーフシチューを『これが人肉だったらなぁ』という顔で食べている楓さんに、尋ねる。
「で?」
「うん。そろそろさ、キミも四徳家を殺したいんじゃないかと思って」
「お姉さんは、まだ殺さないでいいです。メインディッシュなので、最後の最後に殺してあげますよ」
「はぁ? いや、ボクのことじゃなくて。というか殺す気だったのボクのこと? もうイコ君さぁ、ボクたちの友情は永遠だと思ったのにー。
ボクが提供してあげるのは、四徳家がひとつ雲林院家だよ」
「その人たち、楓さんに何をしたんです?」
楓さんはテーブルを叩いて、
「ボクの人肉を奪った!」
完全に私怨だよね。
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