6,可愛い妹が、可愛いネコ耳モンスターになった。よーし、冒険者を切り刻んでいこう。
「フロアボスは24時間、ここにいる必要があるぞ」
橋場武文を殺したところで、オリ子が直々にやってきた。
そして僕に労いの言葉をかけたあとで、そう続けてきたのだ。
「え? 24時間休まず働けと? オリ子さん、ブラック企業のギネス目指しているんですか?」
「こう考えてみてほしいのだ。【無限ダンジョン】はいわばコンビニだ。24時間営業が基本」
「なに言っているんですか、いまは脱24時間営業の時代ですよ」
「まぁとにかくだ、【無限ダンジョン】が閉じることはない。よって冒険者も24時間365日いつ来るか分からん。フロアボスがいなくては困るだろ?」
「だから、24時間365日死ぬまで働けと? オリ子さん、あなたはモンスター界のワ〇ミか!」
僕が正義の弾劾をすると、オリ子は片手を振って、
「違う、違う。2交代制にしたらどうだ、という提案だ」
「フロアボスを2交代制に? なるほど。それで僕以外にフロアボスの当てがあるんですか?」
「お主、家族はいるのか? お主の血筋ならば、素晴らしいモンスターになると思うのだがなぁ?」
「妹が一人いますけど。え、ダメですよ。可愛い妹をモンスターにはさせられません。ましてや冒険者と戦わせるなんて」
「妹さんも冒険者を一人ずつ殺すたび、手取りボーナス500万円だ」
「熟考させてください──分かりました。美弥を連れてきますっ!」
オリ子がウムとうなずく。
「うむ。その浅はかさ、嫌いではないぞ」
「ただ美弥も僕も学生の身分ですからね。いまは夏休みだからいいとしても──2学期が始まるころまでには、3交代制にする必要がありそうですよ」
「とりあえず、2交代制からスタートだ」
さっそく自宅に転送してもらう。美弥は内職で花作りの最中だった。
「あ、兄貴。トラックに轢かれたあと消滅したから、心配していたわ。死亡保険にも入ってないのに」
さすが美弥、示唆に富む発言だ。
モンスターって、死亡保険に入れるのか? こんどオリ子に聞いてみよう。
「美弥。お兄ちゃんがいいバイトを持ってきたぞ。モンスターに《種族チェンジ》し、【無限ダンジョン】の第1階層フロアボスとして、冒険者たちを殺すバイト。日給は1万円で」
「そのバイト、ひとことで言うならクソね」
「冒険者一人仕留めるたび、手取りボーナス500万円だよ」
美弥は作りかけの花を放り捨てて、立ち上がる。
「兄貴、何してるの? 新しいバイト先に行くわよ」
「その決断力の早さ、兄として誇りに思うよ」
さっそくオリ子に転送してもらい、【無限ダンジョン】第1階層に戻る。
「美弥。こちらが僕たちの雇用主。【無限ダンジョン】を統べる見た目は幼女。≪原初の王≫。オリ子さんと呼んであげて」
美弥が神妙な面持ちで言う。
「なるほど。ただ者ではない感が出ているわ。さ、モンスターにしてちょうだい」
「う、うむ。勧誘しておいてなんだが……貴様ら南波兄妹、古着を捨てるように人間を捨てるのだなぁ」
オリ子が《種族チェンジ》を発動。
僕がモンスター化しても、姿に変化はなかった。
一方、美弥の場合は少しだけ姿が変わっている。まず頭からはネコ耳が生えてきた。さらに両手の指の上から、鋭い爪が伸びていく。
その爪の長さは、30センチはありそうだ。そして爪の中心では、暗黒が渦巻いている。超小型のブラックホールでも詰め込んだみたいに。
「あ、美弥が猫娘化した」
オリ子が驚愕する。
「おお。これはただの猫娘ではないぞ。その爪──《闇黒の爪》を初期装備しているとは。
兄の知樹ほどではないが、これもまた凄まじい逸材。南波兄妹、恐るべしだ。はじめ人間に産まれたのが、神のミスだったとしか思えんぞ」
美弥はスマホの鏡アプリで、猫娘としての自分を確認。
「ふ~ん。何だか凄いのね。けどネコ耳なんか生やしていたら、外を出歩けないじゃない」
「【無限ダンジョン】の外に出たら、人間に偽装するスキルを使うと良いぞ」
僕はフロアボスとしての仕事を思い出した。
「オリ子さん。うちのアンデッドのカナさんだけど、腐らない手段とかあります?」
「腐敗防止スキルを会得するのが一番だが──それまでは死体安置所の方法を取ることだな。つまり、零下での保存だ」
「仕方ない。カナさんにはしばらくの間、死体安置所で暮らしてもらうとしよう」
美弥が自身の爪を眺めながら、
「兄貴。早くこの爪の切れ味を試してみたいわ」
「次の冒険者が来るまで待ちなさい」
オリ子が諭すように言う。
「そうそう連続して、冒険者はやって来んぞ。モンスターには冒険者を待つ忍耐も必要だ」
「なにそれ、退屈」
美弥が不満そうだ。お兄ちゃんとしては、何とかしてあげたい。
そこで僕は妙案を閃いた。
さっそく橋場武文の死体のもとに行き、ポケットからスマホを取る。指紋認証だったので、橋場武文の指を押し付けてログイン。
「兄貴、どうするつもり?」
「まって、まって」
橋場武文の連絡先から、彼の兄を特定。
武文の死体を撮影してから、武文兄へと画像を送信した。メッセージも添えてと。
『弟さんのお命は頂戴しました、ごめんなさい。それと弟さん、死にたくないと命乞いしていましたよ。
【無限ダンジョン】第1階層フロアボス・イコライザーより』と。
「これでよし」
すぐに返信があった。長文だったが要約すると、
『今すぐ殺しに行く、首洗って待ってろ』だね。
「美弥。弟の復讐に駆られた兄の冒険者が、もうじきやって来るよ。たぶんだけどパーティで」
美弥は舌なめずりした。
「あ、なんか楽しくなってきたかも」
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