3,天職を極めたモンスターだもの。
デリ子さんの配達トラック、そこの貨物車両へ飛び込んだ。
この貨物車両には運転席と接続した窓がある。そこからデリ子さんが嫌そうな顔で、覗き込んできた。
「あのさ、これタクシーじゃないんだけど。というか、前も言ったよね」
僕に続いて乗り込んだサニ子さんが言う。
「かたいことを言うな、デリ子。いいから発進しろ!」
「あ、サニ子。イコライザーに肩入れするなんて、今回のイコライザーはそんなにウマがあったの? 珍しいなぁ。ところでオリ子さんにさ、カネ返せって言ってくれない?」
さすがオリ子。デリ子さんからも借金していた。
デリ子さんがぶつくさ文句を言いながらも、アクセルを踏み込む。最後まで残っていた早苗さんが、影化して、貨物車両に乗り込む。ドアを閉める。
配達トラックが発進し、異空間へと飛び込んだ。これで一安心かな。ところで僕の足元に、黒髪の女児が立っている。
「…………………なんか幼女が増えた」
これ以上女児が増えると、保育園と化す気がしてきた。もしかして役所とかで手続きしないとダメなのでは?
「幼女ではありません。わたしです、ゾンビから新たなる種に進化したカナです」
「え、進化すると女児になるものなの? 全ての生命体の行きつく先は、女児?」
「いえ、そうではなくて。肉片をかきあつめて人体を再構築したのですが、どうしても足りなくて。結局、幼女体型までが限界でした。新たな肉片をGETするまでは、潮崎佳奈の妹という設定で生きていこうと思います」
「カナさん。脳味噌が耳から垂れているけど」
「あ、お恥ずかしい限りです」
耳に小指を突っ込んで、垂れて来た脳味噌を押し戻しだす女児カナさん。
下着でも見られたように、頬を赤らめている。確かに下着よりも、脳味噌は個人的なものかもしれない。
サニ子が僕の向う脛を蹴とばしてきた。
「痛いなサニ子さん」
「おい、南波知樹。これからどうするつもりだ? このままだと初期化を止めることはできんぞ。また一からやり直しなど、私はウンザリだ!」
「僕だって、嫌ですよ。だいたい初期化されたら、僕はただの『南波知樹』に戻るんですか? うーん。モンスターという天職を失うのは、心が痛む」
「天職を失った知樹くんのことを思うと、わたしも心が痛いよ」
と、共感力の高い早苗さん。そういえば早苗さんといえば、
「そういえば早苗さん。【原初ダンジョン】にいたとき、未来の早苗さんが出てきたんだけど。あれは、なに?」
「それは未来のわたしに聞いてくれないと」
確かに。
それはそうと、サニ子が変な慰めかたをしてきた。
「案ずるな、南波知樹。初期化で繰り返しが行われても、イコライザーだった者だけは復活することはない。死んだままだ。
だがお前は繰り返されるぞ、東浦早苗」
「え、そうなの? まって。知樹くんがいない世界なんて、どう生きたらいいのか分からない。知樹くんを殺して、わたしも死ぬしかないよ!!!」
無理心中モードの早苗さんを微笑ましく眺めていたら、ふいに配達トラックが、グラっと揺れた。
何かが貨物車両の上に乗ったらしい。しかし異空間移動中に飛び乗ってこられるとは、ただものではないよね。楓さんかな?
《自爆》してから、貨物車両の上で完全復活。さて、誰だろうかと見てみたら──頭部のないラン子さんが、グローブをはめた拳を振り回している。周囲には小型竜巻が複数できていた。
僕の影から、早苗さんが顔を出した。
「さすがオリ子さんの仲間だけあるね。頭部がないのに、元気一杯。幼稚園でも一番の元気な女の子です、と紹介されそう」
そんな元気一杯のラン子さんの頭部が、にょきにょきと首断面から生えてきた。そして満面の笑み。
「残念だったっすね! うちらは原初から生きる種!! 殺すことなんか不可能なんすよ! さぁ6代目イコライザー、とっととうちに殺されて、繰り返しを受け入れるっす!」
「受け入れるって、僕は死んじゃうわけだしなぁ」
「そうだよ! 知樹くんがいない世界を繰り返されるなんて、悪夢だよね!」
「こんどはもう不意はつかれないっすよ! くらうがいいっす、イコライザー滅殺用の《お終いの拳》!」
全ての人間が天職に巡り合えるわけではない。僕はモンスターという天職を得られて、凄く幸運だったのだ。そしてその幸運を、まだまだ生かしきれてはいない。
つまり天職というものは、ただ持続するだけではいけない。進化し、深化していくものなのだ。
まんじゅうをひたすら作りつづける、和菓子職人のように。
いざ行かん。
《自爆》で、《お終いの拳》を紙一重で回避。
そして完全復活と同時に、《地獄神》のドリルビットを、ラン子さんの胸部に突き刺す。
「バっカだなぁ。だから、うちは死ぬことはないと、ないと、ないいいいいいい???!!!」
ドリルビットで巻き取った心臓を、引きずり出す。
そして、ぽっくりと、ラン子さんが死んだ。
「天職を進むモンスターに、殺せないものはありません」