11,ファーストキス。
小学三年生のある日──
給食のデザートにプリンが出た。
僕は喜んで食べようとしたが、ふと思い出す。プリンは美弥の大好物じゃないか。持って帰ってあげよう。
ところが下校前。ランドセルにプリンをしまっていたら、條上くんに発見されてしまった。條上くんはクラスを支配するイジメっ子。
「南波、いいもん持ってんじゃねぇか。ちょうど腹が減ってたんだ。寄こせよ」
「でもこのプリンは妹のために持って帰るんだよ」
「うるせぇ!」
殴られた僕は尻餅をついた。
條上くんはプリンを奪って、取り巻きとともに教室を出ていく。
ところで僕の教室は、校舎の3階にあった。
僕はベランダに出て、手すりの上に立つ。やがて昇降口から條上くんたちが出てきた。
狙いを定めて、飛び降りる。
條上くんの上に落下。
「條上くん。このプリンは、妹に持ち帰るといったよね? 返してね」
「痛ぇぇぇよぉぉぉおおおお!!」
條上くんは泣き喚いていた。右足が変な方向に曲がっている。僕が衝突したさいに、骨折したらしい。
「條上くん、男の子は泣いたらダメだよ?」
次の瞬間──
僕の意識は、現実に戻ってきた。すなわち〈秘密の部屋〉にいる自分自身に。
あまりに退屈なので、また過去の記憶を再体験していたようだ。條上くんかぁ、懐かしいなぁ。
目の前では、楓さんが虚ろな目で徘徊している。
ははぁ。気が触れたね。
楓さんの眉間にドリルビットを打ちこんで、正気に返してあげる。
「え? ああ、イコくん? キミはイコくんじゃないか? イコくん、ここはどこだっけ?」
「〈秘密の部屋〉ですよ。僕たち何百年も殺し合っているんですよ」
「何百年も?」
「何千年かもしれません。すいません。時間間隔が狂っちゃって。111年目まで数えていたのは覚えているんですけどねぇ。
実は、僕も何十回も発狂しているんですけど、そのたびにお姉さんが殺してくれて、正気に返っているんですよ」
「ふーん」
楓さんは自分で自分の眼球を抉りだした。それを口に入れて、
「眼球って、ガムみたいに噛むんだよね?」
僕は衝撃を覚えた。
「お姉さん、頭は大丈夫ですか? 眼球は飴玉みたいに舐めるんですよ」
僕も自分の眼球を抉りだして──視神経がブチッと切れた──口に放った。舐めるとグミみたいな感触。しかし不味い。
「うーん。舐めるものでもなかったかなぁ」
頭をハッキリさせるため、《自爆》して肉体と脳味噌をリセットした。それで思い出したのだが、なんと眼球はそもそも抉るものじゃなかった!
楓さんも僕に倣って《自害》で肉体消滅してから、《残機無限》でリセットする。
「生まれ変わったような気分だ!」
風呂上がりのようにさっぱりした楓さんの眉間に、僕はドリルビットを打ちこんだ。
楓さんも《神殺し》を捻って、僕の心臓を引きずり出す。
★★★
高校の入学式。
明け方までバイトしていたせいで、遅刻しそうだった。それで走って校門に入ろうとしたところ、同じように走ってきた女子生徒とぶつかってしまった。
「ごめん、大丈夫?」
「わたしこそ、ごめんなさい。えっと、君も新入生だよね?」
「うん。僕は南波知樹、よろしく」
「わたしは東浦早苗だよ。よろしくね南波くん」
ハッとして、意識が現実に戻る。また記憶を再体験していたのか。
見ると、楓さんが倒れていた。
《地獄神》のドリルビットが開けた全身の穴から、血を流して。
しかし、なぜ再生しないのだろう。
血だまりの中で、楓さんはニヤニヤ笑っている。
「イコ君。イコ君。残機が、残機が切れた。ボクの残機が、999,999,999,999機しかなかったぜ。だからボクは死ぬぞイコ君。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、佐伯楓が死ぬ、マジかこれ。アハハハハハハハハハハ!!」
楓さんは大笑いしていたが、いきなり咳き込んだ。激しく血を吐く。
僕は楓さんのそばに跪いた。
「大丈夫ですか、お姉さん?」
楓さんは疲れたように、ぜいぜいと呼吸をしている。
「イコ君……ボクを殺したキミだから、いくつか教えてあげる……
……【四徳家】の菓子谷家には……気をつけなよ……【無限ダンジョン】の上層と……密約を交わしているからね……ヤバい密約を……
……それと……もしも神子島の家筋が現れたら……まぁそんなことになったら……悪いことは言わないから……精一杯に殺すことだねぇ……
……葉島ちゃん……ボクが……なぜあの子を手元に置いたのか……虚無は……」
楓さんは目を閉じて、ぐったりした。最期のときが近いようだ。
「お姉さん。僕たち、どれくらい殺し合っていたんですかね? 一瞬のようでもあるし、永遠のようでもありますね」
「……イコ君……女の子とキスしたことは?」
「ないですよ」
ふいに楓さんが起き上がると、僕に接吻した。
ファーストキスは血の味がした。
それから舌を噛み千切られた。
楓さんはニッコリして、
「あの世でまた会おうね、イコライザー君!!」
瞬間、楓さんが《自害》を発動。
佐伯楓の全身が粉みじんに吹き飛んだ。
しかし、もう《残機無限》で完全再生することはなかった。
永遠にないのだ。
佐伯楓は死んでしまったので。
「了解です、お姉さん。いつかまた」
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