1,転職のときが来た。
「諸悪の根源は──貧乏だ!」
と叫んでから、僕は就寝した。
このまま目覚めなければ、今のが『最期の言葉』になるのだ。
だがしかし。
朝日が昇ると勝手に目覚めた。
くっ。また死ねなかったか。
仕方ないので、早朝バイトに行く。今日は火曜日か。ふむ。バイトを掛け持ちしすぎて、どこの職場に行けばいいか分からなくなってきた。
なんといっても父の残した借金が、あまりに重いのだ。
相続放棄できるのは3か月以内だよ、と声を大にして言いたい。気づいたら4か月経っていた僕だからこそ、言いたい。
「諸悪の根源は──」
「兄貴、うるさい」
妹の美弥が冷ややかだ。
黒髪ぱっつんの我が妹、14歳。貧乳。やや吊り目。
僕の唯一の肉親だ。母も蒸発してしまった今、兄妹で逞しく生きていかねばならない。
だから美弥のことは、僕が守らなければ──
「あ、そうだ。美弥が体を売ればいいんだよ。ロリは高いぞ! よーし、裏サイトに登録しよう」
すると美弥が、包丁を肘角度45度で構えて突進してきた。
「冗談だよ、美弥!」
半分は本気だったけど、細かいことは気にするな。
アパートの窓から飛び降りて逃げるぞ。
だけど2階なので、路上に不時着。転がる。
で、走ってきたトラックに轢かれた。
もちろん完全な事故である。なぜなら僕は、死亡保険に入っていないのだから。
美弥、すまない。お兄ちゃんはここまでだ。あとは自力で生きてください。
僕は仰向けに倒れたまま、右手を突き出した。
最期の言葉を、言うのだ。
「諸悪の、根源は──貧、乏」
「──否、冒険者であるぞ」
「うん、そう諸悪の根源は冒険者──え?」
起き上がると、アパート前の路上ではなかった。
病院に運ばれた? しかし救急車に乗った記憶がない。
それに病院とも思えない。まわりに広がるのは巨大な空洞。
僕がいるのは、その大空洞の底の底。
「まさか、流行から地味に遅れた異世界転生?」
「それも否だ。確かに【無限ダンジョン】内に転移したが、異世界ではないのでな」
と答えたのは、幼女だった。
いや、幼女ではない。見た目が幼女なだけ。
この見た目だけ幼女が、僕の何千倍も生きていることが分かる。なぜかは説明できないけど、わかる。
とにかく、その見た目だけ幼女は──ゴスロリ衣装を着て、飴色の髪がふわふわしている。
そして浮遊する台座に座っていた。
「【無限ダンジョン】、ですか? ああ、政府が管理しているダンジョンのこと。冒険者のために」
この世界には、超人的な身体能力や魔法を使える人たちがいる。そういう血統なのだ。
僕のような庶民は、彼らのことを『冒険者』と呼ぶ。
日本だけでも2万人はいるとされる冒険者たち。
彼らに共通していえることは、成功者ということだ。
通常の人間よりも優れた身体能力、自由自在な魔法の力。それがあれば政財界で権力を握っていくのも容易い。
いうなれば日本の舵取りをする最上級国民たち。
そして、そんな最上級国民な冒険者が『娯楽』として攻略するのが、【無限ダンジョン】だ。
ここで見た目だけ幼女が怒る。
「政府が【無限ダンジョン】を管理している、だと? 何を言うか。政府は契約しているに過ぎぬ。このわらわとな」
「あの、あなたは?」
「我が名は、≪原初の王≫。崇めるがよい。そして、オリ子と呼ぶがよい」
「はぁ。オリ子さんは、【無限ダンジョン】のなんなんです?」
「むろん、真の管理者だ。だが今は、リクルーターだな。小僧、お主を我が【無限ダンジョン】のフロアボスにしてやろう。そのためにまずは、お主をモンスターに種族チェンジせねばな。ありがたく思うがよい」
「あ、遠慮します」
「日給1万だぞ」
「うーん。モンスターになるにしては、たいした額じゃないですよ」
「冒険者を一人殺すたびに、ボーナス500万円だ」
「え、本当ですか? 100人殺せば、借金を完済できる……けど、相手は最上級国民の方々ですよ。いくら僕がモンスターになったからといって、殺せるはずがありませんよ」
「いや、お主の波長は人間というより、モンスター向きだ。モンスターに種族チェンジすれば、10万年に1体の逸材となるであろう」
「えぇ! そこまで? じゃ、なりますなります、モンスター希望です」
「うむ。深く考えずに決断する浅はかさ、嫌いではないぞ。では行くぞ、《種族チェンジ》!」
……。
「もう終わったんですか? とくに変わったという感じはしませんけど」
「おおっ! 何を言うか。お主がモンスターとなって得たエクストラスキルは、神話の領域。無敵そのものだぞ」
「えぇ! 無敵ですか! それは凄」
オリ子が指を鳴らしたとたん、僕の視界が真っ暗になった。
このとき、僕の肉体はどうなっていたのか?
オリ子の指パッチンによって、上半身が木っ端みじんに吹き飛ばされていたのだ。
ははぁ。どうりで何も見えなくなったわけだ。
次の瞬間、一瞬で肉体が完全再生。元通り。
「たとえ跡形もなく消し飛ぼうとも、その肉体は完全再生されるのだ。これがエクストラスキル《殺しようがない》だ。崇めるがよい」
「はぁ」
どうせ無敵系なら、全ての攻撃が効かないとかのほうが良かった。いちいち木っ端みじんになる身にもなってほしい。
「さらにお主には、これを授けようぞ」
オリ子が片手を振ると、宝箱が浮遊してきた。
「わらわが自ら開発したマジックアイテムだ。敵の冒険者の防御力がどれほど高かろうとも、この武器ならば貫くことができるのだ」
そんな桁違いの武器をもらえるなんて感動だ。
一体どんな代物なのだろう?
僕は固唾を飲んでから、宝箱を開けた。
そこにあったのは、電動ドリル。
木材や金属などに穴をあける電動工具のアレです。
「僕の感動を返せば?」
「それこそが、チートアイテム《地獄神》だ! たとえ相手が勇者クラスの冒険者だとしても、一撃で穴開けできるぞ」
「ふーん。狙いどころは後頭部だね。ところでオリ子さん。これまで【無限ダンジョン】は、冒険者たちに『娯楽』を提供していたんですよね? 殺しちゃっていいんですか?」
「あやつら、調子に乗り過ぎだ。わらわの可愛いモンスターたちを蹂躙しすぎた。もうわらわも、我慢の限界。これからは、我々モンスターのターンというわけだ」
「なるほど~」
「南波知樹よ! お主はこれより、無限ダンジョン第1階層のフロアボス──その名も、<イコライザー>だ! エリート気取りの冒険者どもを、殺して殺して殺しまくるのだ!」
「おー!」
妹よ、お兄ちゃんはモンスターに転職したぞ。
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