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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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始まりの終わり⑥

******


「そろそろ行こうと思うがどうだ?」


 トレジャーハンター協会で手紙を出した日の夕方、俺たちの部屋に皆が集まったところでグランが切り出した。


 俺は深々と頷いてそれぞれの顔を順番に見る。


 気合いは十分。勿論、異存はない。


「じゃあまず自由国家カサンドラだね」


 ボーザックが胡坐を掻いたままでにっと笑う。


「その次は巨人族の町ね」


 ファルーアはソファに体を預けながら肩に滑る金の髪を背中へと払い、妖艶な笑みをこぼす。


「それからシエリア王子のいるドーン王国へ、ですね!」


 ディティアがその隣、胸元でぽんと手を打って微笑む。


「次の冒険の始まりってとこだな!」


 俺が笑うと、グランは顎髭を擦ってからそのでかい手で膝を叩いた。


「よし決まりだ! 各自準備しとけよ、明日には発つぞ。あとは世話になった奴に挨拶しとけー」


『おー!』


 ファルーアとディティアはこのあと新しい服の受け取りがあるらしくミリィと一緒に外に出て、グランはウィルに挨拶しにいくという。


 ボーザックはキィスに用があるというので、俺は双剣をしっかり装備して部屋を出た。


 挨拶っていうにはむず痒さがあるけど――ちゃんと話してなかったしな。


「……〈爆風〉、いるか?」


 大きな部屋の前、重厚な扉をコンと叩くと……彼はすぐに顔を出す。


「――出発するのか?」


 俺の顔を見た〈爆風のガイルディア〉はすぐにそう言った。


 ……ん、そんな顔に出てるかな、俺。


「そう。だから少し話がしたい。あと――」


「いいだろう」


 言いかける俺に歯を見せて笑った壮年の男は後ろ手で扉を閉め、さっさと歩き出す。


「え? どこに……」


「訓練場以外にどこがある? 一戦付き合えと言いたいんだろう?」


「――俺、そんなにわかりやすいかな」


 苦笑すると彼は肩越しにちらと俺を見てから足を止めた。


「そうだな。――俺はもうしばらく帝都に留まろうと思っている。薬を作るのに自由国家カサンドラの協力を求めるそうだが、血はそうそう集まるものでもないだろう」


「……。それも聞きたかったけど――顔に出てたか?」


「はは。そのとおりだ」


 目を細めて笑う〈爆風〉は踵を返すと再び歩き出す。


 ……そっか。やっぱり〈爆風〉は残るのか……。


 まだ気配の読み方ってやつも教わってないし、もっとあんたから学びたいことがあるのに。


 その背を眺めあとに続きながら、俺は胸のなかで呟く。


 変な話なんだけど――もう少し一緒に冒険してみたい、なんて思ったんだ。


「〔白薔薇〕はカサンドラに行くんだったな」 


「え? ああ、うん。そこから巨人族の町を通ってドーン王国にも行くつもり」


「ドーン王国か。魔法大国らしいからな――〈光炎〉が喜ぶだろう」


「そうだな、ファルーアがもっと古代魔法のこと知りたいって言ってた」


「そういうところは〈爆炎のガルフ〉の爺さんにそっくりだ」


「へぇ、そうなのか?」


「ああ。あの爺さんは高火力メイジを自称していてな。でかい魔法が大好きな爺さんだぞ」


「なんかすごいわかる。元気な爺さんだもんな……」


 豊かな白髭をゆったり撫でる細身のメイジ――〈閃光のシュヴァリエ〉率いる〔グロリアス〕のメンバーである彼は、〈爆風のガイルディア〉と同じ伝説の爆の冒険者だ。


 ファルーアの二つ名を付けた人でもあって、魔法のことともなれば深い知識を有している――はず。


 正直バフとは違うから俺にはさっぱりなんだけどな。


 ――そうこうしているうちに帝国兵の兵舎に到着。


 我が物顔で闊歩する〈爆風〉と俺に、すれ違う甲冑たちは驚きもしない。


 ほぼ毎日訓練場に現れてるからな……。


 ちなみに『冒険者』とわかってまだ敵対心みたいなものを滲ませるやつもいるんだけど――ウィルが『冒険者を受け入れる』と宣言したこともあって表面化はしていなかった。



「よし――全力で来るといい」



 とにかくその訓練場で〈爆風〉はシャアンッと音を立てて双剣を抜き放つ。


 右手に黒、左手に白の刃を持つ剣を握り、ゆるりと構えるその姿には隙がない。


「うん。……それじゃあ」


 俺は大きく息を吸って目を閉じ、細く吐き出す。


 ――強くなりたい。もっと。


 双剣の柄にゆっくりと手を掛けてその感触を確かめながら引き抜き、カッと双眸を見開いた。


「速度アップ、速度アップ、反応速度アップ、反応速度アップ! ……いくぞ〈爆風〉ッ!」


 踏み切る俺に〈爆風のガイルディア〉が深い笑みを浮かべる。


 紅く染まる空の下、匂い立つ土の香りを肺いっぱいにして俺は腹に力を入れた。


「おおぉッ!」


 右の剣を振り、それが弾かれるのと同時に右足を軸にして蹴りを繰り出す。


 その蹴りを難なく躱した〈爆風〉の右腕が閃くのを飛び離れて避け、次の瞬間には再び彼に向けて踏み切った。


 止まるな、戦え、戦え、戦え――ッ!


 ギッ――


 俺の剣を受け止めた〈爆風〉は、鬩ぎ合いながら涼しい顔で額を付き合わせ、双眸を細める。


「いい動きだが――さて?」


「ふん、言ってろ!」


 俺は彼を突き飛ばすようにして離れ、足を踏ん張った。


「……脚力アップ!」


 速度アップを書き換えて蹴り抜いた地面が沈む。


 受け止める姿勢を取った〈爆風〉に左右から双剣を突き出し、俺は次のバフを練り上げた。


「腕力アップ! 腕力アップ!」


 脚力アップと反応速度アップを書き換える。


「ははっ、いいぞ!」


 腰を落とす〈爆風〉は俺の剣に自分の剣を打ち合わせ、力を逃がしながら弾き上げると同時に自身の双剣をくるりと逆手に持ち替えた。


 敢えて受け止めずに腕力アップバフを利用して攻撃を流したんだ。


 瞬時に突き出されるのは――双剣の柄。


 ――くっ……そ! まだだッ!


「速度アップ! ――がっ……は」


 崩れた体勢を立て直しながら身を引くけど間に合わない。


 腹部に叩き込まれた柄に息が詰まる。


「……ッ!」


 それでも――止まるなッ!


 体をくの字に折りながらも、俺は右足を踏ん張った。


 離れようとする〈爆風〉目掛けて左足を振り抜く。


「おおぉ――ッ」


「!」


 けれど。


 やっぱり伝説の爆は強かった。


 俺の蹴りが到達するのに合わせて自分の左上腕部をぶち当て、俺の左足に沿うようにぐるんと体が弧を描く。


「――っ」



 ゴッ……!



 鈍い音とともに視界が揺れる。


〈爆風〉の右上腕部がもろに俺の右側頭部を捉えたのだ。


「……ぐ、う……」


 踏鞴を踏むと〈爆風〉がくるりと双剣を回して収め、構えを解いた。


「いい攻撃だ〈逆鱗〉。……大丈夫か?」


「…………」


 頭がぐらぐらする。


 ――くそ、まだやれる。いまのだってデバフで遅くして、右手で防げば――。


 そう思うのに、膝から力が抜ける。


「……う、わ」


 蹌踉けて地面に突っ伏した俺に〈爆風〉の慌てた声がした。


「お、おい! ……しまったな、加減がうまくいかなかった」


「……は、加減できないくらいの、攻撃……できたってことか?」


 上半身を起こしながら言ってやると、彼は俺の腕を掴んでそれを手伝いながら苦笑する。


 とりあえず剣を収めたところで渋くていい声が耳朶を打った。


「本気で加減ができていなかったらお前の首が飛んだかもしれん」


「……そこはちょっとくらいおだてろよな。いてて……」


 俺は打たれた頭に右手を当てて、コブになっていないかと確かめる。


 揺れていた視界が安定し始め、代わりにズキズキと頭が痛んだ。


「ははは。いい動きになったのは本当だ。お前はまだ伸びるぞ」


「……え、あ」


 顔を上げた俺に向けてにやにやと笑う〈爆風〉に、俺は座り込んだまま眉を寄せ視線を逸らした。


「な、なんだよ急にっ」


「はは。……そうだな――お前はそんなにがむしゃらに突っ込んでくる戦い方よりも隙を突くのに向いている。手数に頼ることはない」


「……ん? それ、前にも……」


 あれ。俺、どこかで似たようなこと言われたような――?


 俺は一瞬考えて……はっと顔を上げた。


 ディティアだ。


 あれはラナンクロストの剣術闘技会でボーザックを応援していたとき。


 癖のある双剣使いの戦い方を見て「俺も気を付けないと」って口にしたら、彼女が言ったんだ。


『ハルト君は相手を窺ってるから、あの人みたいに手数に頼らないよね。だから違う戦術だと思うよ』


 ……ぐっと息が詰まる。


 そっか、ディティアはあのときにもう……指摘してくれてたんだ。


 それなのに俺、深く考えてなかった……。


「…………なあ〈爆風〉」


 悔しいのとは少し違う、情けなくて自分に腹立たしいような気持ちが込み上げる。


 少しは戦えるようになってきたかも、なんて……少しは強くなったかも、なんて……呑気にもほどがあるだろ。


 言葉を絞り出そうと息を吸う俺の近く――〈爆風〉は胡坐を掻いた。


「聞いてやろう」


 白髪混じりの黒髪が訓練場を撫でる風に揺れ、光の下で琥珀色に瞬く瞳が暮れゆく空に向く。


 まったく、このオジサマはどうしてこう格好いいんだろうな?


 俺は顔の前に右手を広げ、ぎゅっと握った。


「俺、もっと強くなりたいんだ。〈爆風のガイルディア〉の強さを目指さないとならないんだ。――どうしたら強くなれる? 俺、もっと学ばないと……このままじゃ」


 ――ディティアにだって届かない……!


「だから――」



「そりゃ随分と熱烈な勧誘だな、ハルト」



「んん⁉」


 聞こえた声に、俺は上半身がねじ切れそうなほど捻って声の主を見た。


 紅髪紅眼の厳つい風貌、髪と眼に似た紅い鎧に包まれている大きな体が、群青色に染まろうとする空の元で影を落としている。


 じっくりと顎髭を擦るその姿を見間違うはずがない。


「ぐ、グラン……」


本日分は長めです。

よろしくお願いします!

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