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逆鱗のハルトⅢ  作者:
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始まりの終わり⑤

******


「〈逆鱗〉さん、少しお時間いいですか?」


 ストーに声をかけられたのは、俺がトレジャーハンター協会に向かおうとしていたまさにその瞬間だった。


 昨日キィスに書いてもらった手紙も纏めて封をしたんで、それを出しにいくところなんだけど。


 俺が振り返ると、彼は黒縁の丸眼鏡をそっと押さえながらにこにこと笑みを浮かべている。


「その呼び方はやめてくれるか? ……それで? なにか用かストー」


「どこかお出掛けでしたか?」


「ああ、うん。トレジャーハンター協会に」


「ならご一緒します」


「……?」


 べつにご一緒なんてしなくてもいいんだけどな。


 頬を掻くと、ストーは俺の返事を待たずに紅い絨毯の上をゆるりと歩きだした。


 ……仕方なく後ろから着いていくと、廊下ですれ違う執事や衛兵たちが微笑みながらぺこりと頭を下げていく。


 帝国宮ていこくきゅうはお家騒動なんて微塵も感じさせないほどにいつもどおりで、なんだろうな……ウィルへの忠誠心があるっていうか。


 聞こえる囁きだってそう。誰もウィルに文句を言っている人がいなかったんだ。


 畏れからじゃなく、心からウィルに仕えているって感じかな。


「――なんだかんだいい皇帝なんだな、ウィルは」


「ふふ、突然どうしました?」


 こぼした俺にストーが楽しそうな笑い声を上げる。


 いや、確かに唐突すぎたけど。


「別に深い意味はないけどさ。……そういえばストーはウィルが誰かに狙われているって最初から知ってたのか?」


「――そうですねぇ。といってもウィルは以前から目星をつけていましたから、あとは証拠だけで。……スルクトゥルースが紅い粉に関与していることもなんとなくはわかっていましたし。――ただそこにキィスがいるのはちょっとした誤算でした」


「へぇ……キィスやミリィがなにをしていたかは気にしてなかったってこと?」


「――うーん。おそらくは信頼していたのでしょうね。ああ見えてウィルはあのふたりに甘い。彼が結婚もせずにいるのはキィスをなんとかすることに集中したいからです」


「ああ。なんとなくウィルらしい気もするな」


「でしょう? 私がミリィと婚約しているのもある意味政略結婚です。トレジャーハンター協会とは魔力結晶を取引することが多く、抱える情報も膨大ですからね。各国はそれぞれ情報収集のための人間をトレジャーハンター協会に配置していますし」


「そこはギルドと違うんだよな」


「アイシャのギルドは国家から独立しているのでしたね。……さ、どうぞ」


 ストーはふたり乗りの馬車へと俺を乗せると、待機していた御者にトレジャーハンター協会へと行くよう告げて隣に座る。


 栗毛の馬は出発が嬉しいのかブルルと鼻を鳴らし、蹄で土を掻いた。



 ……今日は快晴だ。


 馬車で繰り出した大通りからは空がよく見える。


 賑やかな帝都を歩くのは白衣の研究者や商人、トレジャーハンター、そして一般の国民たち。


 ガラガラと回る車輪の音が聞こえるなか、ストーはふうと息を吐き出した。


「私はしばらく忙しくなるので、トレジャーハンター協会にも研究都市ヤルヴィのことを頼んでおかないとならなくて。帝都支部にも顔を出したかったので丁度よかったです」


「ああ、ストーは研究都市ヤルヴィの支部長だもんな。……帝都に残るのか?」


「はい。ミリィとの正式な婚姻があって」


「……政略結婚って言ってたけど、ストーはミリィが好きなんだろ?」


「……!」


 目を見開いて驚愕の色を浮かべるストーに、俺は「なんだよ」と眉を寄せた。


「いやまさか〈逆鱗〉さんから色恋沙汰の言葉が出てくるとは」


「はあ? 馬鹿にしてるだろ……」


 思わず突っ込むと、ストーは珍しく歯を見せて笑う。


「とんでもない! ……ただ、そうですね。私はミリィが大切です。それにウィルも放ってはおけませんよ」


「じゃあ一番いい選択だったんだな」


「……〈逆鱗のハルト〉さんはどうなんです?」


「ん?」


「大切な人はいますか? ……いますよね」


「…………」


 俺は通りに視線を走らせながら少し考える。


 ストーの言いたいことはわかるんだけどな――。


 言うかどうかは迷ったんだけど……俺は流れてくる風に気分がよかったのもあって口を開いた。


「……いつかグランに言ったことがあるんだ」


「はい?」


「ディティアが安心できる場所になりたいって」


「!」


「……でもそれには全然届かなくてさ。もっと強くなるんだって……そう思ってるんだ。ずっと――」


「……〈逆鱗〉さん……」


「いや、だからその呼び方はやめてくれよ……しみじみ呼ばれてもなにも響かないからな⁉ とにかくそんな感じだし、グランもボーザックもファルーアも皆同じ気持ちでいるのはわかってる。〔白薔薇〕が好きだから皆ともっと旅したい。誰かだけじゃなく、俺には全員大事なんだ。……ディティアもそうだよ」


 言いながら……俺は胸の奥でそっと呟いた。


 ――ただ前よりもずっと……ディティアのために強くなりたいって思う。それは確かだけどな……。


「なるほど……ふふ、私の用事は済んでしまいました」


「……は?」


「キィスやスルクトゥルースのため……〈逆鱗のハルト〉さんに残っていただけないかと打診したかったんです。バフがあればもっと救える命があるかもしれない、と」


「――それは……」


「意地の悪い言い方ですみません。でも、あなたが気にすることでもありませんよ。これはアルヴィア帝国が抱える問題で、本来あなたは関わる必要のないものだったのですから」


「……はぁー。本当に意地が悪い言い方だな……」


「ふふ。――まあ大丈夫ですよ。必ずこの病はなんとかしてみせましょう。それにバフが使えるのはなにも〈逆鱗〉さんだけじゃありませんからね」


「あ……そうか。考えてみたら最初にストーと会ったときにいたあいつも使えるもんな」


 思い出したのは赤い長髪を首の後ろで緩く束ねた女性――裏ハンターであるリューンだ。


 口と目が悪いけどヒールを使うことができるんだよな。


 法を犯したものに対しての扱いは正直いまだって納得がいかないところはあるけど……悪い奴じゃない。


「はい。ほかにも捜せば見つかるでしょう」


「……それならストー、アイシャのギルドを頼れよ。トールシャよりは『バッファー』がいるんじゃないかな」


「なるほど、冒険者を受け入れると決めたいまなら可能ですね。早速伝達龍を飛ばしましょう」


 俺は微笑むストーに頷いて、また空を見上げた。


 澄んだ水色は眩しいくらいで……思わず笑みを浮かべる。


「『冒険者』がトールシャにも増えたら――キィスも喜ぶもしれないな!」


「――やっぱりお人好しですね、あなたたちは」


 ストーはそんな俺に応えるのだった。



本日分です。

今週もよろしくお願いします!

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