始まりの終わり④
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それから俺はディティアとふたりで目に付いた食べ物を次々と頬張った。
細かく刻んだ野菜と肉を混ぜ合わせてパイ生地で包んで焼いたものや、砂糖と一緒に煮詰めた果物を薄く焼いた甘い生地でくるんだもの。
帝国で飲まれているお茶を使ったふわふわしたケーキに、湖で獲れた魚のすり身を茹でたぷりぷりした食べ物。
……次に目に付いたのは果物の皮を剥いて串に刺し、氷に並べて冷やしたものだ。
氷は血結晶を使った道具で作られているみたいだけど、古代の人たちもそうやってなにか冷やしていたのかもな。
見方が変わるとこうも気持ちが違うってのは今回学んだし……少しは成長できたんじゃないかな。
「あ……これ二本ください」
俺はそこに『ペール』を見つけて迷わず頼むと、ディティアに差し出した。
手のひらで包めるくらいの大きさで赤い雫型の艶々《つやつや》した実。皮ごとかじれるはずだけどこの店では綺麗に剥いて縦に切ってある。
どうやら種のない品種のようだけど、原種には大きな種があるはずだ。
「……これ、災厄の破壊獣ナディルアーダにやられたトレイユって町の名産品だったんだ」
「あ……」
表情を曇らせる彼女の肩をぽんと叩き、俺は微笑んでみせた。
「いつか行ってみような。きっと――トレイユも頑張ってるはずだから」
――体に苔を纏わせ、虫にも似た無数の脚とフェンリルのような頭を持つ災厄の破壊獣ナディルアーダ。
射出される苔玉は俺の頭くらいでもかなりの威力があって――討伐のときには多くの犠牲を出してしまった災厄でもある。
思い出せば肺を掴まれたような息苦しさと心臓に無数の針を刺されたかのような痛みを覚えるけど、忘れるわけにはいかなかった。
あんな思いはしたくない。そのために足掻くんだ、俺は。
ディティアは眉尻を少しだけ下げてぎゅっと目を瞑ってから、再び瞼を上げる。
受け取った果実を煌めくエメラルドグリーンの瞳でじっと見詰め、彼女は唇をゆっくりと開いた。
「……ハルト君……うん。行こうね」
思えば帝都での始まりは突然で、その始まりも終わりに近付いている……そんな気がする。
薄曇りだった空からは雲を割って陽の光が踊る布のように差し込み――雑多な帝都を照らしていた。
まだまだやることはあるからな、これはただの肩慣らし。序章にすぎない。
大きく吸い込んだ空気はペールの甘酸っぱい香りとともに肺を満たし、俺は手元の果実をひとくち頬張って呟く。
「美味いな」
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それから五日、キィスヘイムアルヴィアの体は徐々に力を失っていった。
俺は許可を得て彼に魔力活性のバフを施し、彼は彼でウィルとストーの医療器具を装着してその開発に関わっている。
〈爆風のガイルディア〉は俺たち〔白薔薇〕と模擬戦をしつつ、医者に協力して血を提供しているようだ。
ウィルの暗殺を企てていたスルクトゥルースに至っては帝国兵の見張り付きでいままでと変わらぬ生活を送りながら、毎日キィスにと花を摘んできてくれた。
災厄を起こしたアンバーは投獄。とはいえ、その研究については詳しく調査されるという。
「……魔力活性! ……どうだキィス」
「うん。やっぱり少しは楽になる。手にも力が入るのがわかるよ」
俺はキィスのベッドの傍らに椅子を持ってきて座り、手の上でもう一度バフを練り上げる。
少しでもキィスの助けになればと申し出たものの……俺は俺でこのバフの効果を確認しておきたいしな。
一石二鳥だ。
「僕のなかの魔力が不活性化していると考えると、バフのあいだはそれが戻っているんだね。あとは魔力を不活性化させる原因をなんとかできればいいんだろうけど……」
「たぶん〈爆風のガイルディア〉の薬がそれを助けるんだろうな。俺の場合はもともとその力があって、薬とバフに助けられて一気になんとかできたのかも」
「古の時代から守ってきた血が徒となっているとしたら、どんどんほかの血を取り込むべきなんだろうけど――まだ僕たちの知らない災厄がいるかもしれないってわかったいま、それも不安かな」
キィスはそう言いながら右手で左の腕をゆっくりと擦った。
「そのときは〔白薔薇〕の出番だ。任せろ!」
俺が笑ってみせると、彼は翠色の大きな目を細めて頷く。
「さすが『彼の飛龍タイラントを屠りし〈逆鱗のハルト〉と〔白薔薇〕』だね」
「いや……その〈逆鱗の〉ってのは心の底からやめてほしいんだけど……」
「あはは。格好いいのに」
「名付けたのが無駄に爽やかで嫌味な大っ嫌いな奴なんだよ……」
「〈閃光のシュヴァリエ〉でしょう? ラナンクロストの守護神なんてすごい人だよ!」
「えぇ……お前そんなことも知ってるのか?」
「〈豪傑のグラン〉が教えてくれたんだ。文献も調べたよ」
「……グラン……」
がっくり肩を落としたものの、俺はふと思い立ってバックポーチから紙と鉛筆を取り出した。
薔薇の型押しが施された薄手の紙はここらで採れる水草を細かく砕いて作られたものらしい。
さすが湖上の町だよな。
「その〈閃光のシュヴァリエ〉とやらに手紙を送るからキィスもなにか書くか?」
「えっ、手紙?」
「そうそう。丁度これから出そうと思ってたんだ」
「――あなたは本当に変わってるよね」
「は?」
「ううん。……それじゃあせっかくだから」
キィスは微笑むと緩やかに波打つ赤茶色の前髪をささっと後ろに撫でつけ、するすると文字を綴る。
あいつのことだ、こういう言い方をするのは癪だけど律義にキィスにも返事を出すだろう。
いまは伝達龍もいるしな。
――こうやって国同士も繋がっていけばいい。
俺はそう思うのだった。
休日ですがだいぶあいているので更新です!
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